1997年9月 地域ですすむ多様な共同・大阪 - 地域から立ち上がった女性たち

33年間の発言と退出 - 1997年9月 地域ですすむ多様な共同・大阪 - 地域から立ち上がった女性たち

1997年9月 地域ですすむ多様な共同・大阪 - 地域から立ち上がった女性たち

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33年間の発言と退出
執筆 : 
webmaster 2011-6-13 18:13

1997年9月
〈地域ですすむ多様な共同・大阪〉
地域から立ち上がった女性たち

(労働運動1997年9月号)

7月19日、140国会が終了して1ヵ月。「労基法改悪に反対し、真の男女平等法制定をめざす大阪連絡会」(以下「労基法連絡会」と略す)は、「改悪労基法・均等法の全容と今後の課題」と題した研究・討論集会を開催し、学者、労働問題研究家、弁護士、労働者、婦人団体役員、国会議員など総勢70人が参加し、問題提起・報告・討論を行いました。

この集会は、悪法強行にくじけず、職場・地域で改悪攻撃を許さず、男女とも人間らしく働くために、小休止することなく、運動を強めようとする熱気にあふれるものとなりました。他方、労働省は7月2日、中基審にたいして「今後の労働時間法制及び労働契約等法制の在り方について(中間取りまとめにむけての議論のために)」という文章を提出し、労働時間と労働契約等に関する法制度の規制緩和の具体的内容を明らかにしました。

まさに、「女子保護」廃止を突破口に労働法制の全面改悪が動き出しているなか、労基法の改悪攻撃を許さず、男女共通して労働時間の短縮をかちとり、人間らしく働くルールの、確立をめざすたたかいは、1999年4月の改悪労基法・均等法の施行を1つの、メドとして、労働分野の規制緩和を許さないたたかいとを結合した第2ラウンドのたたかいに、職場と地域から運動を強めていくことを求めています。

徹底した討論と学習で

今回の法改悪は、均等法制定時と同様に、「労基法の女子保護廃止」と「均等法の一部改定」がセットで出されました。とりわけ「均等法」施行10年の見直しを口実に審議会、審議が始められたこともあり、マスコミの取り上げも「均等法」を前面に押し出し、「女子保護」廃止の狙いや、危険性をほとんど取り上げなかったのも特徴の一つでした。

運動面においても当初「均等法」改正を前面に掲げる風潮も少なからず見受けられる状況のもとで大阪では、徹底した討論と学習において、「女子保護」廃止の労基法改悪反対を前面に掲げることの重要性を確認し、運動を展開しました。

さらには、この「女子保護」廃止が、労働法制の規制緩和の「突破口」に位置づけられており、規制緩和との全面対決を正面に押し出すなかで確立されたスローガン「父ちゃん失業、母ちゃんパートで深夜業、娘や息子はフリーター」は、街頭・駅頭宣伝では大きな注目を浴び、大きな広がりをみせました。

8行政区で結成・再開

大阪における「労基法改悪反対、男女平等」の課題での共同闘争は、1980年3月の「労基法連絡会」の結成が始まりです。当時、1978年の労基研報告以来、労基法の改悪が強まむ一方で、労働戦線の右翼再編進行のなか、総評は運動方針から「労基法改悪反対」を削除しました。既存のナショナルセンターの枠を超え、「労基法改悪反対、真の男女平等制定」の一致点で、労働者・労働組合、民主団体が運動組織をつくり、1984年から85年にかけての101・1021国会のたたかい・運動を組織してきたのが「労基法連絡会」だったのです。この当時、地域(行政区)の連絡会は、堺と吹田の2地域に連絡会が結成されました。

今回は2月から4月の短期間に、8地域に連絡会の結成・再開がなされ、運動が地域(面)に大きく広がりました。

主体的力量高め足踏み出す

12年前のたたかいとの大きな違いは、私たちがたたかうローカル・センターを確立していたことと、地域(行政区)に地域労連をもっていたことです。

12年前のたたかいでは、「労基法連絡会」は存在し、街頭宣伝なども実施はしたものの、その運動の領域は「連絡会」加盟組織の「タテ」での範囲にとどまっていました。

しかし、ローカル・センター、地域労連を確立したもとでは、さまぎまな課題において運動の視点と視野を地域に注がざるをえないことを、大阪労連結成8年間で経験、直面してきました。

「労基法連絡会」は、リーフレット・署名を作成し、加盟組織での運動推進の武器をつくるだけでなく、要求で一致する団体へどう運動を広げるかで着目したのが、「ゼンセン同盟」でした。繊維と商売の街の伝統を引き継ぐ大阪には、「ゼンセン同盟」の支部・単組が500を超えて存在しています。「労基法連絡会」は1月14日に「ゼンセン同盟」の517の組織に共同と署名の協力の申し入れを郵送で行いました。こうした共同の申し入れ行動は自治労連や大教組、医労連では自らの産業内で取り組まれ、地域においても「大規模アンケート」とともに旺盛に展開されました。

また、学習・宣伝・署名行動のどの点をとっても、地域でどう推進するのかが常に提起・検証されました。学習では、単産・単組・支部・分会だけではなく地域労連や地域労組での学習会も開催されました。「労基法連絡会」、大坂労連にたいする講師派遣の依頼は50を超えました。宣伝・署名行動はまさに地域労連、地域連絡会の本領が発揮され、毎月25日の月1回の宣伝行動が3月、4月段階には独自の宣伝行動日の設定や毎週の宣伝行動などまさに面を埋める宣伝・署名行動が展開されました。

地域連絡会結成の特筆すべき2つの特徴は、2月4日にまず一番最初に連絡会を結成した大東連絡会です。ここでは、大東市職労と新婦人の2つの組織での共同行動の足を踏み出すなかで、連絡会の結成にもっていったことです。「連絡会を結成して運動の推進を」では情勢に見合わない、行動のなかで共同の輪を広げようと、2団体で連絡会を発足させ、翌日の2月5日には、地域の労働組合、民主団体への申し入れ行動を展開し、行動のなかで連絡会の加盟団体を増やしていきました。そして2月段階では宣伝行動の参加が5〜8人程度だったのが、4月の毎週の宣伝行動では20人近くで駅頭宣伝を実施できるようになっていきました。

2つ目の特徴は高槻の連絡会です。ここでは、市当局が市民イジメの行革の推進と合わせ、市職員にたいして、一時金の成績主義導入を提案。「連合」市職労がたたかわないもとで、高槻市労組と地域労連は、市民と職員の暮らしと権利を守るたたかいを大きし展開し、住民向け全戸ビラ配布や決起集会などの運動に全力をあげていました。

しかも、こうしたたたかいのなかで、女性労働者は、この自治体「リストラ」に結集されたエネルギーをそのたたかいに終わらせることなく「女子保護」廃止反対のたたかいにもつなげようと、4月に連絡会を結成しました。
この2つの連絡会の教訓は、「なにをするにもまた同じ組織で」とか「大変なたたかいをしているのに、また組織をつくるの」といわれる「金太郎アメ」論を2つの側面から払拭したものだといえます。

さらに、8連絡会のうち大東、寝屋川、守口の3連絡会は北河内という地域にあります。この地域はあの三洋パートのたたかいで全国にも名を馳せた地域ですが、大阪労連的にいえば、大阪労連北河内地区協議会という大阪労連の地域組織の中間運営機関が存在しています。この北河内は統一労組懇時代から、婦人部組織を確立していました。大阪労連の地域組織に婦人部組織を確立しているところが、共同闘争において組織労働者のイニシアチブを発揮したことの重要性を改めて検証したといえます。

大阪では、7月29日に「労働諸法制改悪に反対し、だれもが人間らしく働けるルールをつくる大阪連絡会」が結成され、全行政区に「労働諸法制連絡会」の結成を運動展開の組織目標として掲げています。

地域で全労働者を視野に入れた活動を、「大規模アンケート」だけでなく、個々の課題で広げていくことで労働者・国民に全労連の旗がより身近になり、たたかいと運動が前進していくでしょう。

(なかい たづこ・大阪労連婦人部長)

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