1976年9月 育児休暇制度闘争の到達点

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33年間の発言と退出 - 1976年9月 育児休暇制度闘争の到達点

1976年9月 育児休暇制度闘争の到達点

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33年間の発言と退出
執筆 : 
webmaster 2011-4-10 10:51

1976年9月
大阪における育児休業法実施をめぐる労働組合の経験から
育児休暇制度闘争の到達点


 

【1】育児休業法成立までの労働組合の取り組みとその問題点

1.自治労をはじめ全国的なとりくみ


(労働運動1976年9月号)

総評は、1971年に育児休暇制度を正式に要求にかかげたが、民間、官公労それぞれの運動にたいする指導が明確であったとはいえず、日教組の法制化闘争、自治労の自治体闘争、民間における企業内闘争とさまざまな運動方向がみられた。

さらに、それまでの国会審議では「国立及び公立の義務教育諸学校などの女子教職員の育児休暇に関する法律案要項」(1967年)、「女子教育職員育児休暇法案」(1970年)の名称にも明らかなように女子教職員を対象に育児休暇制度が審議されていたが、1972年の68国会において自民党より、看護婦にも適用すべきであるとの動きがでてきた。

これに対して「自治労本部は婦人部、衛生医療評、社会福祉評および保母、看護婦の代表による合同対策会議をひらき『3原則』(有給制、選択制、原職復期)に加えて代替え要員確保と適用職種の拡大を基本に立法化にとりくむことを確認し」たが、「『保母、看護婦まで拡大するのは女子教員の育児休暇法案の成立を危険に陥れるもの』との日教組の主張と、総評段階での調整にもとづき『女子教員の育児休暇法案』の参議院通過まで具体的取り組みを中止し」、法案は衆議院において廃案(1972年度自治労婦人部方針より)になった。つまり、この時点ではそれぞれの労働組合の要求と闘いの方向が必ずしも1つの流れに統一されてはいなかったのである。

そして、1975年の国際婦人年という新たな条件のもとで「育児休業法」の成立を見ることになる。
だが、労働組合での運動は、全体としては、1972年の68国会の教訓がいかしきれず成立までのたたかいも個々ばらばらに行なわれ、労基法改悪反対やILOの批准促進のたたかいのように総評全体としての大きなたたかいにはなり得えなかった。

このことは、本誌5月号の山田郁子論文に明らかにされている労働組合における母性保護要求と育児要求が整理され正しく位置づけられていなかったことと、労働組合における保育所要求運動のかかわりの度合や経験、制度要求に対する運動の未熟さや企業内セクト、さらには政党と労働組合の関係でいうならば、日教組の法制化闘争が日政連議員を通じて行なわれ、自治労の国会対策が組織内議員を通じて行なわれるという「特定政党支持」の枠内での運動が国会の内外を通じて大きな運動とならなかったなど、多くの問題を含んでいたといえよう。

2.大阪における運動

私たち自治体労働者の大阪における運動は、大きく分けると1969年〜1972年までの育児休暇要求をめぐって主に組織内における討議の時期、1972年の勤労婦人福祉法の成立と68国会での看護婦問題をきっかけに自治体当局に要求をはじめた時期、そして1975年の「育児休業法」成立後のたたかいの3つの時期に区分することができる。
まず第1時期の論議のなかでは、専門職より一般事務職においての方が育児休暇を望む声が高かった(1970年に自治労が行なった調査での大阪府職労の結果)。

また、保育所運動を経験し、苦労をしながら働きつづけてきた人たちのなかから保育所運動とのかかわりで育児休暇要求に消極的あるいは反対の声も少なからずあった。

1969年6月の長野県上田市における「育児休職制度」の発足は、自治体労働者に1つの具体的事例として多くの関心を呼び、さらに多くの論議を呼びおこした。

《上田市における育児休職制度》

期間・・・生後3年まで(6ヵ月単位)
無給・・・共済掛金は本人負担
その他・・・退職手当の算定は休暇期間中の2分の1を除く。
     昇給は育児休暇の期間を延長する。
対象・・・全職種

となっている。


こうしたなかで自治労大阪府本部婦人部は、1973年に「育児休暇制度について視点と運動方向」という基本的見解を明らかにし、組織内の討議につぎのような一定の方向を示した。

「・・・・・・育児休暇要求は婦人が働きつづけるために、婦人労働者の労働権を確立するための基本的要求ではなく、当面保育所にあずけられないほどの理由でやむ得ず退職せざるを得ないひとびとの要求として1時的、部分的な要求であるということです。基本的要求を重視しながらも、部分的要求を正しく位置づけ、婦人労働者全体を結集し・・・・・・」

これは、同じく自治労婦人部の育児休暇にたいする考え方
「育児休暇制度の実現は婦人が働きつづけるための条件づくりの具体的取り組みの1つとして位置づけ・・・」(1972年度自治労婦人部運動方針)をより発展させたものといえよう。

こうした討議の到達点をふまえ大阪において要求闘争に入るわけだが、自治労全体としても「育児休業法」成立までに自治体当局に要求を提出していた単組は少なく、大阪においても大阪府職労のみであった。

これは、要求は整理されたが要求解決にむけての展望とその運働方向が自治労全体として明らかにされていないなかでは、当然のことであった。この時期に育児休暇制度の実現をみた多くの自治休において、当局提案により制度化されたこともこのことを裏づけているといえよう。

また、労働組合内部では、1960年代の「合理化」攻撃のなかで母性保護要求が高まり、一定の前進を勝ちとった(生休の有給化、産休の延長、育児時間など若年の既婚婦人の要求)が、若い婦人の要求が中心となっており、中・高年層の婦人の「更年期障害休暇」要求をとりあげて要求書を提出したら、マスコミの総反撃をうける(東大阪市職労)といった事態もみられ、育児休暇制度を要求することに労働組合として一種のとまどいがあった面も否定できない。

【2】育児休業法成立後のたたかい

1.国会の動きとその対応

「育児休業法」は、議員立法という点で国の行政側の受けとめや施行(実施)にむけていくつかの段階(給付にたいする人事院勧告、政令にゆだねられた職種の決定)と、法文の解釈も含め多くの問題を含んでいた。
しかし、「育児休業法」に直接かかわる日教組、自治労、国公労連の共同闘争は行なわれることなく、「育児休業法」の実施にむけて地方段階でのたたかいは、一種の混乱と困難に直面した。
とりわけ自治労においては、職種問題が論議の中心となり、「特定職種に限られたことは労働者の職種分断である」「人材確保をねらいにしているのだから合理化攻撃の1つである」との否定的意見もで、単組における取り組みの態度も「5原則」「3原則と2つの基本要求」「4原則+全職種」「職種拡大」などさまざまな状況がうまれた。

一方、国の動きは、1975年7月に法律が成立したにもかかわらず、給付に関する人事院勧告がでたのが1976年3月11日、厚生省の政令が1976月3月23日の閣議で決定されるなど法施行直前にしか具体的問題が明らかにされず、地方においても4月実施を見送る自治体や、国の動向が明らかにならない時点で自治体独自の判断を示さないところも多かった。

また、この間、自治省や文部省から法文解釈の一方的な見解がだされるなかで労働組合と一定の合意に達しながらも国の姿勢にてらし合意事項をひるがえす自治体がでるなど、多くの困難に直面した単組もすくなくなかったと思われる。

2.地方段階における共同闘争とその成果

<1> 府職労の取り組み

大阪府職労では、「育児休業法」が成立した時点で常任委員、婦人部長会議(支部婦人代表者により構成)で討議を行ない、一定の方向を明らかにし、討議資料を作成して4000名の全婦人組合員に配布し討議を組織した。

 「育児休暇制度をよりよいものに ―― 全組合員で討議をすすめよう」(大阪府職労婦人部の討議資料)は、婦人みずからの労働権の保障と子どもが育つ権利 ―― 発達権の保障の要求から育児休暇制度を正しく位置づけ大阪府の条例化にむけて職場討議をすすめること」を強調し、「育児休業法とはどういう内容をもった法律なのか」についても、第1条の立法の目的は「・・・・・・看護婦、保母等の特殊性にかんがみ・・・・・・看護婦、保母等の継続的勤務を促進しもって・・・・・・業務の円滑な実施を確保することを目的とする」「今回の立法が一定の職種に限定されたことにより、その職種の特殊性を強調しながらも業務の円滑な実施を確保するために勤務の継続を尊重したことは、今日まで育児の問題が個人的問題としてやめざるを得なかった婦人達にとってこの目的の趣旨から見るならば一定、婦人の働きつづけることが保障されたといえる」と評価するとともに、「育児休業法」は「私たちがかかげてきた(イ)有給制、(ロ)選択制、(ハ)原職復帰、(ニ)全職種適用、(ホ)正職員による代替え要員の確保、から見るならば多くの点で不十分な内容」で「多くの面で私たちの要求とはほどとおいもの」と指摘した上でつぎのようにのべている。

「現在政府のすすめている保育行政(0歳児保育の不足、病児保育の未実施、保育所の絶対数不足)のなかで育児の問題が解決しないことにより、働きつづける意志をもっている婦人が職場をはなれていかざるを得ない状況は今日も基本的には解決していません。

私たちは、婦人労働者のかかえている育児の問題の解決、婦人の働きつづけていく権利の保障は、基本的には保育行政の充実、労働時間の短縮、産休をはじめとした諸権利の拡大をめざすのが基本だと考えています。
しかし、そういった労働条件や社会的条件が完備されていないなかで、一時的、部分的要求としてとらえた育児休暇制度の要求から見るならば一定の足がかりができたものとして評価することが必要です。

●たたかいの方向

[1]政府、自治省にたいするたたかい
婦人労働者自らの労働権の保障と子どもが育つ権利――発達権の保障の立場から育児休業法の内容の改善、保育所行政の充実、労働基準法の基準引き上げのたたかいを統一的にすすめなければなりません。

[2]府の条例化にむけてのたたかい
こういった制度要求の前進は国にむけてのたたかいが大きなカギをにぎり、地方におけるたたかいで大幅な前進を勝ちとることは困難な面をもっています。
しかし、できるかぎり、条例化のなかでよりよい条件を勝ちとることも重要です。
府職労婦人部としては次の項目について、法解釈も含め、明らかにするように府当局に要求していきます。

1)(略)
2)(略)
3)育児休業期間中の給与については、引きつづき働く立場を明らかにした労働者に対する保障、育児の社会的責任の面からみても、本人が共済掛け金をはじめとして、身分維持していく上で必要な負担はもちろんのこと、生活を圧迫しない十分な給付が必要である。
4)(略)
5)(略)
6)・・・・・・育児休業法の実施をもって育児時間やその他の権利行使について制約を加えないこと。
また、病院職場保育所の当局責任を回避しないこと。
7)府職員の使用者としてだけでなく、保育行政の責任をもつ自治体として大阪府は、市町村にたいする行政指導と援助を積極的にすすめるとともに父母が直面する新たな問題について善処すること。
具体的には、第2子以降におこる問題として、第2子に対する保育所の措置ができず、やむなく育児休業をとった場合、第1子を保育所から退所させる方針を明らかにしている自治体もある。(以下略)」 

<2> 府労連としての取り組み ― 大数組との共闘 

大阪府職労はこうした組織内での取り取みと併行し、対大阪府レベルでの企業連組織である府労連に対して取り組みを提起するとともに、「育児休業法」の対象である大阪教職員組合(大教組)との共同闘争を重視した。
そして、大阪府職労婦人部と大教組婦人部との話し合いのなかで、大阪府に対して一致して要求していくもの(府労連に提起するもの)、単組で取り組んでいくものの要求整理が行なわれた。

とりわけ、有給にたいする考え方は、自治労の80%要求、日教組の30%要求については国の動きも含めた情勢分析のなかで府労連の要求項目にあげたような一致点を見いだした。

また、今日までの府労連闘争のなかでは、婦人が団体交渉の場に参加することがなかったが(府職労、大教組それぞれの組合においては、婦人の独自要求にもとづく独自交渉は確立していた)、今回の取り組みの場で府労連参加の組合の婦人部役員(婦人部長、副部長、常任委員)の団体交渉に参加が実現した。このことは、府職労と大教組との婦人部の話し合いのなかで「婦人の問題について婦人が交渉の場に参加する」ことを重視し、おたがいに基本組織(親組合)に意見をあげるなかで実現したものである(結果として「育児休業法」実施の府労連のたたかいのなかでは、婦人自らが資料を作成し、要求を整理し、交渉もほとんど婦人が占めて行なわれたことは、要求の前進とともに労働組合運営での大きな前進となった)。

また「府労連として確認した要求項目」は、
[1] 法律成立の背景、法律の目的、勤労婦人福祉法の趣旨から労働権保障の立場を明らかにすること。
[2] 他の自治体実施状況を調査し、検討すること。
[3] 適用範囲については法律の趣旨から全職種に適用すること。
[4] 給与については有給を原則とし、育児休業法の実施をもって財政的な剰余を追求しないこと(病院職場保育所の当局責任、代替え者の確保など)。
[5] 第7条の不利益な取り扱いの項目については、原職復帰を明らかにすること。
[6] 第15条の代替え要員の確保については、配置転換、非常勤雇用など安易な方向をとらず、正職員による代替えを義務づけること。
[7] 市町村に対する保育行政への指導と援助を引き続き進めるとともに、育児休業法の実施に伴う具体的な問題についても、父母の負担、困難な状況を生まないように対処すること。
[8] 組合員の選択制を保障すること。
[9] 育児休業中の競合(病気欠勤など)の取り扱いについても本人の不利益にならないような扱いをすること。
[10] 代替え要員の確保について伴う職員定数については別途それぞれの組合との話し合いに応じること。であった。

また、府職労、大教組では、大阪府に対して要求書を出すとともに、大阪府の人事委員会にたいする交渉も行なってきた。そのなかで、大阪府人事委員会は、3月24日に国の人事院勧告にもとづき「育児休業の許可をうけた女子教育公務員に対する給付等に関する意見について」、知事、議長に申し出るとともに、「口頭要望事項」として、
[1] 育児休業給は、育児休業中の女子教育公務員等の身分保持に要する経費を負担するものであるという趣旨にかんがみ、育児休業中の女子教育公務員等の府職員互助会、府教職員互助組合、または府警察職員互助会に対する掛金に相当する額を府において負担されをことを考慮されたい。
[2] 育児休業法第2条第4項に規定する政令で定める者の決定に当たっては、同一施設内における類似職種の均衡を考慮されたい。
[3] 育児休業の期間の前後の取り扱いについては、代替え要員の臨時的任用その他の公務運営上の都合を考慮されたい。
との人事委員会としての姿勢を明らかにした。

これは、私たちが要求、指摘していた(�顱僕�給、(��)職種の拡大、(��)学校や保育所での対入所児や生徒に対する問題としてスムーズに保育や授業が行なえるようにという点で1つの足がかりとなった。
さらに「府当局の回答と確認事項」はつぎのとおり。
[1] 育児休業の選択制
育児休業法第3条第1項による申請は、あくまで本人の自由意志にもとづくものであり、強制はしない。
[2] 条件付採用期間中の者の取り扱い
法律どおり育児休業の対象としない(協議事項)。
[3] 許可申請の時間
代替要員その他育児休業に伴う所要の措置を必要とするため、育児休業を始めようとする日のおおむね1ヵ月前とする。
[4] 育児休業の許可
申請者にたいしては、法の趣旨を尊重し、育児休業ができるよう努力する(代替え要員の確保状況を理由に不許可にしないという意味)。
[5] 再度の許可申請および再延長の許可申請における特別の事情 
申請時に予期し得なかった事情とは子の養育に重大な障害が生ずるおそれのあるときをいう。
[6] 終了事由(期間の短縮)
育児休業の届出により終了と認められるには、客観的事実の変更があったことが必要であり、単に本人の主観的意思のみでは十分でない。また、任命権者の都合により一方的に終了させることはない。
[7] 休業期間中の傷病
職員が休業期間中傷病により1ヵ月以上の入院または加療のため養育できなくなったときは、休業法第5条第2項にいう「養育しなくなった場合」に含まれるものとする。(略)
[8] 休暇 
休業期周中の休暇は、育児体業法の性格上認められない。
休業期間終了後の年次有給休暇の取り扱いは、休職と同様繰越しを認める。
[9] 原職復帰
育児休業法第7条の趣旨に沿って原所属に復帰させることを原則とする。
[10] 代替要員の確保
代替要員の確保については、時期、職種、または社会的情勢などによっては困難を伴う場合も考えられるが、法の趣旨にしたがって努力する。
[11] 代替要員の取り扱い
代替要員については、臨時的任用職員で措置する。臨時的任用職員の取り扱いは引き続き研究する。(協議事項)
[12] 扶養手当の認定 
支給条件に適合すれば、所要の手続により認定する。
[13] 保育所行政の指導と援助
関係機関と話し合いをする。
[14] 期末手当

期末手当の支給がされない場合の在職期間の取り扱いは今後研究する。(協議事項)」 
 こうしてひきつづき協議するものもあるが、(��)給付については、互助会掛金も当局負担とさせた。(��)法律上疑義のある「原職復帰」「特別の事情」など明記されていない点についても確認させた。(��)職種についても一定の拡大をすることができた点で、実施段階で発生する諸問題については「その都度、府労連と協議する」ことで制度化をみた。

さらに大阪府における育児休業法の対象職種は看護婦、助産婦、保健婦、保母、児童指導員、教護、教母、生活指導員、社会福祉、職業指導員、心理、視能訓練士、職能訓練士、作業療法士、言語療法士、理学療法士、職業指導員、介護人、ケースワーカー、歯科衛生士(保健婦はすべての保健所の保健婦、看護婦には准看護婦が含まれる。心理、ケースワーカー、社会福祉、歯科衛生士は病院、社会福祉施設のみ。また病院の附属高等看護学院は対象職場となる)である。

このように、「育児休業法」よりも部分的前進を勝ちとり、ひきつづきたたかいを進めることとなった。
制度発足後、府職労婦人組合員4024名対象職員約2000名、該当者約100名中6月1日現在制度を利用しているものは2名である。

<3> 衛星都市でのたたかい

 大阪においては、その後、大教組での「児童、生徒との関係から職員が復職しても一定期間代替者を勤務させておく」ことの前進面とともに、衛星都市においては、池田、吹田、高槻、箕面、豊中、東大阪、寝屋川、摂津、和泉、貝塚で全職種の適用を実施、約束させている。大阪府下には、政令都市である大阪市をはじめ44の市町村があり、「育児休業法」成立前に育児休暇を制度化していたのは池田市のみであった。

自治省が2月24日付で各都道府県の人事課、地方課に送った文書「義務教育諸学校等・・・・・・の育児休業に関する法律の施行についての留意事項」では、「条例による措置」の項で「育児休業法は、特例的な法律に基づき新たな制度として創設されたものであり、その給与上の取り扱いに関する事項については国の例にならい・・・・・・『育児休業に係る給与等に関する条例(参考案)』を参照のこと」となっている。

今日まで、府下のとりわけ衛星都市においては、一部の市を除いて婦人の諸権利は多くの面で全国的水準を大きく上まわっている(たとえば産休は東大阪の120日を最高にほとんどが16週)。

しかし今回の「育児休業法」の条例化をめぐっては、国、自治体の対応と、「育児休業法」の性格もからまって、いくつかの問題に直面した。

[1] 単独条例でいくのか、現行条例の一部改正でいくのか。
「育児休業法」は、先にもふれたとおり、この法律は国家公務員と地方公務員とを対象にしており、「育児休業法」施行によるストレートに制度を発足させた自治体や、自治省の「条例参考案」そのままを組合に提示をしてきた自治体、現行の給与条例の改正を提起してきたところなどさまざまな形があらわれた。
[2] 都道府県とはちがう市町村の実態。
政令都市を除く市町村には、市町村立の保健所はなく(大阪では堺市のみ市立の保健所が2ヵ所ある)、病院や社会福祉施設についても自治体が経営をしているのは数が少ない(大阪では病院についていえば44市町村中19市町である)。
このことから「育児休業法」にもとづく自治体の制度化にあたって、対象職種については、職員の職種構成は、府県レベルとは大きなちがいがあり、逆に有利な条件をもっていた。
[3] 互助会、市町村共済、健康保健組合の掛金問題。
しかし、一方では共済掛金等の自己負担金の問題、さらには住宅貸付などの返済の問題などについては、自治体当局が処理権限をもたない事項もあり、日教組のように公立学校共済に対する統一したたたかいが自治労ではもたれることなく、このことも4月実施がほとんどの市町村で見送られた1つの要因にもなった。

【3】運動の教訓と今後の方向

以上のように大阪においては、「育児休業法」にもとづく自治体での制度化のなかでいくつかの成果をあげるとともに運動面においてもいくつかの教訓を引きだし、運動発展の基礎となった。

1.運動の経過を明らかにし「育児休暇制度」の考え方、位置づけについて組合員の到達点を一致させることを重視したこと。
先にもふれたが、「育児休暇制度」を婦人の 労働権確立にむけてのたたかいのなかでどのように位置づけるかの徹底した論議のなかで、大阪では自治労内部で「育児休業法」粉砕などの具体的運動はあらわれなかった。
それは、1972年に自治労大阪府本婦人部が明らかにした「視点と運動方向」や、自治労大阪府本婦人部が、1973年12月に開催した第4回定期総会において大阪保育運動連絡会と連携して運動することを決定しており、保育運動においても労働組合としての一定の方向を明らかにしていたことも大きく作用していたと考えられる。

2.「育児休業法」の性格と問題点を明らかにし、地方段階でのたたかいの目標を選定した。
「育児休業法」成立後、ただちに自治労府 本部婦人部、府職労婦人部で討議をすすめると同時に、討議資料を作成し、自治労の3原則の立場を堅持しながらも政府に対するたたかいの重要性を明らかにしてきた。そして自治労中央に対する意見の反映、国の動きを敏速にとらえるため他の労働組合との情報交換などのなかで自治体に対する要求の整理を行なった。

3.地方段階での共同闘争の重視。
中央レベルでの共同した運動が組み得なか ったなかで、大阪における府職労と大教組の共同闘争は大きな力となった。
  政府関係が厚生省、自治省、文部省とあり、それぞれの対応が地方にくると大阪府に集中してくるなかで、この共同闘争はあらゆる面で力を発揮した。
同時に、府人事委員にたいする府労連とし ての交渉も対象職種、互助会掛金、期間の問題で成果を引きだす大きな力となった。

4.婦人自らが運動の中心となった。
このことは、あたりまえのことではあるが、 婦人は、運動は積極的にはやるが制度の具体的ツメや法律問題については尻ごみをする傾向があったのではないか(運動はするが交渉は親まかせ)。
資料作成から交渉まで婦人が積極的にかか わっていった。かなりしんどい作業ではあったが勉強にもなり、今後の運動にもいい経験となった。
以上のように、運動のなかで婦人自らが考 え行動していくなかで多くの前進をみることとともに、大阪では6月27日開催される「みんなで保育を考える集会」(第8回全国保育合同研究集会にむけての取り組み)の実行委員会の参加団体に労働組合の参加が昨年より増えたこと、それに伴い分科会の内容が豊かになったこと(全体で20分科会)など、保育運動に労働組合が積極的な姿勢を示すなど育児要求に関する具体的運動の芽ばえがでてきている。

「育児休業法」実施のたたかいは、労働組合の要求闘争としては過去に経験しなかったものとしていくつかの教訓をうみだした。
この「育児休業法」を労働者にとってより よい育児休暇制度としていくためには、制度的要求にむけてのたたかいと展望、保育所運動との結合、育児要求の正しい位置づけなど労働組合として討議をすすめなければならない課題が数多くあると考える。

また、婦人労働者の要求前進をはかるうえ で、婦人労働者が1000万人を越えたといわれるなかで圧到的多数が未組織労働者であることや、労働基準法に規定されている最低基準すら守られていない職場が数多くあるなかで、全労働者の要求解決と結びつけたたたかいが必要となっている。

政府や大企業が婦人労働者に対する攻撃 (「合理化」や労基法の改悪)を強めてきているが、一方、政党においては、社会党の「労働基準法改正案」、日本共産党の「母性保護強化のために――日本共産党の立法提案」など労働基準法の基準引き上げをはじめとして働く婦人に対する基準引き上げの方向が提起されている。

私たち婦人労働者は、こうした動きに対応 して、要求前進にむけての幅広い統一闘争――統一戦線結成の力で前進することが重要である。

政府や自民党があらゆる点で、国民や労働者の分断をはかってきているとき、私たち婦人労働者こそねばり強い運動のなかで統一をかちとり共同闘争を発展させなければならないと考える。

国際婦人年の世界行動計画第1年の今年、働く婦人がさらに働きやすい条件を勝ちとっていくためにたたかいの経験を行動のなかで理論化し発展させていかなければならない。

最後に大阪というローカルのたたかいのな かで、中央レベルでのたたかいがいかに大きな影響力をもっているかということを痛切に感じた。

地方と中央との有機的なたたかいの結合が あらゆる分野で求められているのではないだろうか。

(自治労大阪府本部婦人部長、大阪府職労婦人部長)
 

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