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33年間の発言と退出 - 最新エントリー

【労働組合婦人部論が今日的課題として問われているもの】
(1989年作成 2004年9月 加筆)

【1】はじめに

労働組合運動における、婦人部活動の強化とその位置付けは、階級的ナショナル・センター、たたかう自治体産別−自治労連の確立により、大きく発展していく基盤がつくりだされたといえます。
しかし、それは目的意識的な日常不断の女性労働者のたたかいがあってこそ築かれるものです。

【2】婦人部という日本独特の組織形態が何故労働組合の中に存在するのでしょうか。

1つに、日本の女性労働者は、賃金格差に端的にあらわれている平等要求、社会環境整備の遅れからくる家族的責任の重責、自治体リストラ、「合理化」攻撃による極端な母性と健康の破壊の強まりなど、日本独特の歴史的、社会的、経済的状況の下におかれています。こうした中で、労働組合婦人部の運動の方向は、女性労働者の職場や生活にねざした要求を自らの手で実現していかなければならない実態や、「婦人部の独自要求」といわれるものが数多く存在しています。

2つ目には、女性の要求にねざした、たたかう民主的エネルギーは、平和、民主主義をねがう日本の民主運動の一翼を担って大きく前進してきた歴史的事実です。
婦人の切実な要求は、女性自らのたたかいとともに労働組合運動の前進、革新統一戦線の発展など民主運動の大きな前進のなかでこそ根本的解決がなされるという社会的・政治的状況が存在しています。

3つ目は、「連合」との熾烈な組織戦の結果、多くの単組で組合員の過半数を超える女性組合員が存在しているのに、労働組合の活動スタイルは全く変わらないといったことや、役員のなかでの女性の構成比率が極端に低いなど古い組合体質が残されています。こうした労働組合運動への女性の参画の課題は2つめ課題とも関連して重要な問題として存在しています。

4つ目は非正規労働者の増大、能力・成果主義賃金の導入による競争の激化など労働力流動化政策は、賃金破壊、雇用破壊を進行させ、構造改革による社会保障制度の解体など反動攻勢の労働者への全面的攻撃が強まる下、女性労働者の要求は切実化し、女性のたたかうエネルギーを全労働者の課題やたたかいと有機的に結合していかなければならない状況が以前より増して重要になってきています。こうした課題を組織的に推進していく上で 「婦人部とは」という組織・運動論が歴史的にも、今日的にも論議される必要があります。

【3】労働組合婦人部の歴史的検証

歴史的には戦前の評議会における婦人部論争があり、戦後は産別会議の議長組合であり運動の中心部隊でもあった全逓における画期的婦人部の位置づけ。そして戦後反動攻勢期にのGHQによる婦人部、青年部の2重権行使論の形式民主主義を盾にした婦人部・青年部の解体攻撃、そして今日の右翼的労働組合の状況があります。

(1) 戦前の婦人部論争

戦前の1926年評議会において婦人部論争がおこなわれ評議会婦人部が結成されています。この時も友愛会でなく階級的潮流であった評議会において婦人部論争を経て婦人部が確立したことは重要な意味をもっているといえます。

(2) 画期的な産別会議時代の婦人部の位置付け

こうした戦前の運動論は戦後の労働組合運動にひきつがれ、多くの労働組合に婦人部が確立され青年部とともに2・1ゼネストをはじめとした戦後初期の労働運動に大きな力を発揮し、労働基準法制定以前に産休16週や生休毎潮時3日の獲得など婦人労働者の切実な要求実現に奮闘しまました。産別会議の議長組合であり運動の中心部隊でもあった全逓が1946年の結成当時の規約では、他の専門部と同じ位置付けとしていた婦人部と青年部を2・1ゼネストのたたかいを経た1947年6月の規約改正において、婦人部と青年部を特殊な部門として他の専門部と同列視せず「婦人部は自主的運動をもつて婦人の特質をいかし組合運動強化の推進力となることを目的とする」と規定しています。そして婦人部長、副部長をふくめ3名を部の推薦により中央執行委員とすることも明記し婦人部総体としての意見反映を保障する措置をとっていたのです。

(3) 自治体労働運動の実態

わたしたち自治体労働組合運動の分野に目をむければ、自治体労働組合運動の階級的潮流であった自治労連時代にさかのぼってみてもこうした状況にはなっていなかったといえるのではないでしょうか。 
2年たらずの産別会議のたたかいがGHQの指令で結成された総評にひきつがれるはずもなく、そして、その後もナショナルセンターレベルや自治体労働組合運動においても全国的に労働組合運動における婦人部の位置付けについて統一的な論議がおこなわれなかったなかで、現在のそれぞれの実態があるのもやむをえない事実です。

婦人部の位置付けが不十分なのを男性幹部の責任であるとする発想や婦人部にその責任をおしつけようとする論は議論の発展がありません。それは、歴史的たたかいの反映であり階級的NCや産別組織をもつことができなかった不幸であり、不十分な部分に率直に目をむけそれを変革していくことこそもとめられているのではないでしょうか。

(4) 反動勢力・右翼的潮流から常に攻撃を受けてきた労働組合婦人部

戦前・戦後を通じ反動勢力と労働組合の右翼的潮流はたたかう労働者・労働組合を弾圧してきました。とりわけ戦後の民主化のなかで高揚した労働組合運動にたいして2・1ゼネストを弾圧し、公務員のストライキ権の剥奪、レッド・パージを実施したアメリカ占領軍は労働組合運動の推進力であった青年部・婦人部にたいし「二重権行使論」の『形式民主主義』を打ち出し多くの労働組合で婦人部が解散されていきました。  ところが総評や同盟においては婦人部対策部といった組織形態による婦人部の形骸化も一方ですすめられたのも大きな特徴といえます。

そして今日の右翼的労働組合の状況。「連合」が発足して6年を経過しようとしている現在も連合が婦人部大会を開催したという話しは聞きません。

【4】戦後第1の反動攻勢に抗して再建された労働組合婦人部

(1) 様々な形態の存在と運動の発展させてきた自覚的な運動

こうした動きのなかにあっても女性労働者は切実な要求実現にむけてその基礎となる婦人部を確立していきます。これはそれぞれの組織において自然発生的に生まれたのではなく戦後の反動攻勢に抗して立ち上がった女性の様々な民主的運動−母親大会、はたらく婦人の中央集会のとりくみのなかで女性労働者の交流や学習がふかめられたこともおおきな影響を与えたといえるでしょう。

ところが婦人部の活動や組織形態、労働組合における位置付けは産業別にも組織毎にも違いがあるのが現状です。これは既存のナショナルセンターにおいて婦人部の位置付けがないがしろにされている傾向のもとでナショナルセンターとして論議や交流がされなかったことに起因したと言わざるを得ません。

しかし、一方で画一的でなく自覚的勢力を中心に活発な婦人部活動が発展してきた面も見ておかなければならないのではないでしょうか。

☆実践経験から
・民主的労働組合のなかでの形式民主主義の横行
・社会党一党支持のもとでの民主的婦人部活動の展開と限界
・民主的労働組合のもとでの婦人部活動の全面的展開

☆婦人部の位置付けをあきらかにする1つ指標
・婦人部長の執行委員会への参加
        全面的保障       2割
        条件付保障       4割
        保障せず         4割
(自治体にはたらく全国婦人交流集会−大阪集会での調査から1986年)

(2) 革新自治体建設と結び付いた自治体労働組合婦人部運動の前進

自治体にはたらく婦人労働者は住民に1番近い部署で仕事をし、まさに、自治体労働者論を実践してきた部隊です。60年代後半から70年代の自治体にはたらく女性労働者の権利の向上と運動の前進は、革新自治体建設という、住民要求と自治体労働者の要求と運動の統一のなかで勝ち取られたものです。

そして、国際婦人年のとりくみでは、自らの権利や地位向上だけでなく地域婦人の地位向上にむけて婦人部自治研活動という新たな分野をきりひらいてきました。

こうした、自治体労働組合における婦人部運動の前進は、80年代の「均等法」のたたかいで、国会史上まれにみる運動を展開し既存のナショナルセンターがたたかわないもとで全国統一闘争を組織し、要求に基づく実践のなかで労働戦線問題を婦人労働者のまえに明らかにするおおきな運動を組織する力となっていきました。 また、戦後の民主的婦人運動の潮流である母親運動など幅広い婦人との連帯を脈々といきづかせ地域でその中心部隊として奮闘してきたことも留意しておかなければなりません。

この女性のたたかうエネルギーを恐れているのは政府・財界であることは、日経連弘報部の「左翼運動の実態」(1986年)にも明らかです。女性のたたかうエネルギーを組織的に位置づければ、女性はその力をいかんなく発揮することは明らかです。

【5】婦人部活動の位置付けを考えるとき、改めて、要求からの出発を

(1) 女性労働者の要求と婦人労働者の独自要求の区別と関連

労働組合婦人部論を論じるとき「女性労働者の切実な要求」実現のために作られた組織であり、労働組合であるからこそ『要求』から出発しなければなりません。                     

女性労働者は先にも述べたとおり歴史的・社会・的経済的状況から様々な攻撃や抑圧、差別をうけています。これは女性労働者が「母性」をもっていることに起因するものであることはあきらかです。そこからくる「婦人部の独自要求」と女性労働者は労働者全体がうける攻撃や抑圧にもさらされているもとでの男性と共通するものの、女性が現状の社会条件のもとでより切実にあらわれる女性労働者の要求が存在します。

(2) 現象面に現れている2つの方向

婦人部活動の現状をとらえて「婦人部活動の在り方」という面で論評を加えると正確でないように思われます。なぜならその婦人部の“基本組織−親組合”が基本的な部分でどのような方針を掲げてたたかいを進めているのかとも大きくかかわる問題だからです。そこで「婦人部活動の現状」は基本組織とのかかわりで様々な状況を呈しています。しかし、ここでは基本組織も階級的で民主的な労働組合である場合を論じてみます。

2つの方向とは、「婦人部は婦人の独自要求だけを取り上げ運動すべき」という考えと「独自要求だけでなく婦人のかかえているすべての要求に対応した運動を」というものです。  
この現象は婦人部の活動領域の問題としてとらえるのではなく婦人の独自要求の性格と婦人部運動の視点としてとらえることによって統一がみいだせる問題ではないでしょうか。

(3) 要求の組織化

婦人の独自要求とは婦人労働者の母性そのものを保護する「母性保護要求」と母性をもっているがゆえに差別・抑圧されている現状を打破する差別反対、平等実現の要求をいうのであって婦人労働者がかかえている全労働者と共通する総ての要求をさすものではありません。

しかし、今日の社会的・経済的状況から家族的責任など男女共通する要求・課題であっても婦人労働者により切実な問題として現れる現状から婦人部が独自に運動やたたかいを構築しなければならない過渡的課題も存在しています。

(4) たたかいの組織化−婦人の民主的エネルギーをどうひきだしていくのか

婦人の独自要求は民主的性格をもってます。これは、婦人労働者のおかれている現状からくる必然性でもあるわけです。婦人の要求を根本的に解決するには資本の搾取を強化し体制を維持するためにかけてきている攻撃や抑圧をはねかえすことで解決するものであって資本や政府に迎合して解決するものではありません。

このことから男性労働者の要求と同じ性格をもつものであることから、平和、賃金要求など全労働者要求にも婦人部は積極的に取り組むべきであるとする運動方向が強調される傾向があるのではないでしょうか。

これは、婦人の独自要求とのかかわり−婦人の独自要求を解決するためにも全労働者課題との結合や婦人にかけられている攻撃の根源、本質に迫って行く問題として論じられず男性労働者との対比で婦人労働者を労働組合の一般的課題への結集を婦人部まかせにしてしまう安易な運動論といわざるをえません。

こうした傾向は、婦人労働者の切実な要求を全面にかかげ婦人労働者のたたかうエネルギーを引き出し要求を阻んでいる根源に対してたたかいをすすめそのなかで全労働者と共通するたたかいに発展させていく婦人部本来の活動を萎縮させるものではないでしょうか。

「婦人部の任務」が全面的に展開されていればこうした「論議」も起こる余地がないといえるものの「婦人部が全面発達」している婦人部はまだ希であり、もしそういう婦人部が存在していたとしても「婦人部総体」の運動と婦人労働者個々を労働組合の一般的課題に結集させる任務の区別と関連を正しくとらえた基本組織の指導性こそ求められているのではないでしょうか。

(5) 女性は失うものが無いから強いのか。

婦人労働者は「失うものがないから」「ねばり強い」などと形容されるこの「たたかうエネルギー」を引き出すことができているのは婦人労働者が抱えているすべての要求・課題で組織できているものではありません。「要求が具体的」で解かりやすいたたかいを展開できたときにこそ「婦人のたたかうエネルギー」が発揮されている現実を正しくみつめることも大事なことです。

婦人労働者は賢明です「具体的で切実な要求」の実現を阻んでいる根源は何なのか、たたかいのなかでこそそこに到達するから「婦人は強い」のです。  まさに、労働組合運動における婦人部は日本独自の組織形態であるとの認識から出発し現状に即した運動がもとめられており、画1的な規定や他の専門部と同じ位置付けで労働組合の一般課題すべてに婦人部が対応しなければならないとする主張は婦人部活動の視点に目をむけず「当面する課題」に目をうばわれがちな拙速な論であるといわざるをえません。

歴史的にみても何故反動勢力や右翼的労働組合が労働組合婦人部を「脅威」におもうのか。「婦人のたたかうエネルギー」に脅威を感じているからこそ婦人の自発的エネルギーをどう引き出していくのかが問われているのです。いま、求められているのは婦人部の全面発達と婦人労働者の要求に依拠した婦人部活動の展開こそ求められているのではないでしょうか。


【6】労働組合における婦人部の組織的位置付けと活動の在り方

(1) 婦人部の自主性と独自性の尊重と基本組織とのかかわり

労働組合婦人部は他の専門部と違い独自の意志決定機関(大会)や執行機関をもち婦人組合員の総意を反映し民主的に運営してきています。 方針上の問題と行動(執行上)の問題を画一的にとらえ婦人労働者が独自に論議することさえ押さえ込もうとする傾向や、「婦人部自らが方針の決定をする婦人部大会の方針提起や決定」と基本組織における「婦人部のたたかい(婦人労働者のたたかい)」との違いが混同されている現象もしばしばみられます。「自主性・独自性」を尊重しながら指導することと、婦人部の意志を無視し抑圧・介入することとは全く質の異なるものといえます。

(2) 労働組合各級機関への婦人部総体としての意見・意志の反映の保障

婦人部組織の意見の反映が労働組合の各級機関(執行機関、中間議決機関、大会)でどのように保障するのかは重要な課題です。そしてそれを確保するにあたって完全に保障する立場にたつのかそれとも形式民主主義を強調するあまり婦人労働者の意志を尊重しないという結果をまねいている事例も少なからず起こっているのも事実です。

  ☆規約の定めと実態の乖離・規約のもつ重み

(3) 自主性・独自性の尊重を求めるうえでもより重要となっている婦人部の民主的運営

以上の課題を完全に確保するには婦人部自らがその運営にあたっては民主的な運営を徹底し婦人労働者の総意を汲み上げることを重視しなければなりません。

(4) 女性の視点で要求、運動を構築することが労働組合運動の前進にとって不可欠

「生活のあらゆる面で真の意味の性的平等が達成されなければ、経済的、社会的開発の遅れ、人的資源の誤用、社会全体の進歩の後退につながり、社会へのつけは高価なものになると委員会は警告した」(1991年12月国連婦人の地位委員会『女性:2000年への挑戦』)との世界の流れ、一方で労働組合の組織率低下と労働力流動化政策による労働者の構成の変化(女性・非正規比率)に加えて、なかなか運動・要求が前進しない中での閉塞感ともあいまって女性役員の登用が叫ばれてきてはいるものの、その視点は「時代の流れ 」という点に止まっているのではないでしょうか。

(5) 補助組織という位置づけをどう見るか

今日多くの労働組合では、婦人部(女性)を教宣部や共闘部などと同じ専門部扱いをし、組織部の一部門として組織部長の指揮下にある婦人部(女性)も少なくはありません。

一方、一専門部ではないとしながらも、「要求、意識、闘争水準を全体のレベルに引き上げる。もしくは、全体の闘争課題を具体化するための活動をする」という意味で『補助組織』という位置づけをしている組合もあります。今日増え続ける非正規労働者の組織化が進められ、そうした部門も「補助組織」に位置づけられるなか、『補助』という言葉に抵抗を感じる意見も出されてきており、組織論としての位置づけと、正しい『名称』の検討・研究が求められているのではないでしょうか。


【7】女性幹部の登用だけで運動と要求は前進するのか?婦人部の歴史的使命は終わったのか


2001年4月に全労連が単産・地方組織で男女平等推進委員会の設置を提起し2001年6月に「男女平等社会実現への推進プログラム」においても女性役員や大会・評議員会への「参加」の数の問題はクローズアップされているが、運動母体である「婦人部(女性)」の位置づけについては全く触れられていない。日本独特の組織形態として歴史的に要求前進にむけ果たしてきた組織を今後どのように扱っていこうとしているのか。

また、女性役員の登用過程で婦人部(女性)はどのようにかかわれるのか。婦人部(女性)運動とのかかわり無しに、女性の数だけ増やせば女性労働者の要求と運動の前進に繋がるのかなど検討する課題は山積していると言わざるを得ません。

2003年9月 大阪労連大会発言

カテゴリ : 
33年間の発言と退出
執筆 : 
webmaster 2011-6-14 16:04

2003年9月
大阪労連大会発言

私は、議案書8ページの、年金改悪反対、消費税増税反対、最低保障年金制度の創設を求めるたたかいに関連して社会保障のたたかいについて意見をのべます。

第1は医療改悪反対のたたかいの総括に関わって、労働者・労働組合の社会保障闘争の位置付けとたたかいについてです。

老人医療・健保3割負担・診療報酬の改悪という医療の大改悪に反対するたたかいでは署名・宣伝活動、集会、議会決議など、医師会をも巻き込んだ運動が展開されました。

議案書3ページにおいても「保守層を含む広範な反撃」として4師会の取り組みに触れられています。今回の医療改悪が、診療報酬の改悪に端的に現れているように、小泉構造改革の規制緩和と市場化による医療分野の再編・淘汰でありこの矢面にたたされている開業医が立ち上がらざるを得ない状況があったとはいえ運動の前進といえます。

しかし、こうした運動の前進の一方で、国民健康保険で3割負担を強いられている多くの国民が今回の医療費負担軽減の運動課題の外においやられていたのではないでしょうか。

大企業のリストラなど政府・財界の労働力の流動化政策のなかで、失業者の増大、400万人を越えるフリーターに象徴される不安定雇用労働者の激増は、雇用者に占める政府管掌保険加入者数が1990年の71.7%から2000年には66.2%にまで低下してきています。こうした中で大阪府下において国保加入世帯が増加の1途をたどっています。この1年間で府下の自治体では平均3.8%の増となっていますが18自治体で5%越える増となっており、人口比でも大阪市の42.9%に続いて守口・門真でも40%を越えています。

また、今年から導入された総報酬制による一時金における負担は労働者だけでなく多くの中小企業主が事業主負担に悲鳴をあげています。そうしたなかで一部の経営者は、労働者に「雇用を守る」からとして「健保の任意継続」や「国保」への移動を強制する事態も生まれてきています。

いまや「国保」の問題は零細な企業主と家内従業者の問題に止まらず、現役労働者、失業者や不安定労働者の大きな要求課題であり、この間の健保の窓口負担を2割に戻すという狭い要求ではなく、国保を含め「8割給付」を求めるたたかいを、労働者・労働組合が率先して取り組むことがもとめられているのではないでしょうか。

この間の医療改悪反対のたたかいが大阪においても全国でも医労連、保険医協会、民医連など医療従事者を中心としたたたかいになっていた事は否めません。大阪では加盟組合ではありませんが、土建の建設健保の現状を守る上での、共闘の課題としても重要だとかんがえます。まさに労働者・労働組合が社会保障闘争において政策的にも組織的にもイニシアチブを発揮したたかいが求められているのではないでしょうか。

次に全労連が提起している最低保障年金制度の創設を含む年金闘争について意見をのべます。

10月ともいわれている厚生労働省の04年改悪原案発表を控えて、9月4日社会保障審議会年金部会の意見書案が公表され翌5日には厚生労働大臣私案が発表されました。昨年12月の、「年金改革の骨格に関する方向性と論点」と題するたたき台の発表で、掛け金の引き上げか給付の削減化とおどしをかけ、年明けには奥田経団連会長の消費税引き上げ発言、最近では世代間の対立を煽る終身給付総額の格差の宣伝と世論誘導に血道をあげてきましたがその狙いは意見書案にもあるように保険料の大幅引き上げと給付の削減にほかなりません。労働力の流動化による掛け金総額の減を、いわゆる「65万」問題で低賃金労働者と中小零細企業主に新たな負担を強いるなど、その手法は「社会保障」を富の再配分ではなく、2重、3重の搾取の強化の手段としていこうとしています。

そうしたなかで、全労連が掲げた「最低保障年金制度の創設」という要求課題は政策的に個々の攻撃を打ち破る内容をもっていますが、切実な課題や要求・不満をかかえている個々の労働者にどうベルトをかけていくのかが問われています。

そうした意味で、今回のたたかいは、年金制度に期待感を喪失させられている青年層をどちらが握るのかにかかっていると思います。世代間の給付の格差を強調し世代間対立を煽る政府・財界の攻撃に有効に反撃する運動の構築が求められています。例えば年金問題若者3000人アンケートを実施するとか、さらには大阪での医療改悪反対闘争の経験を活かし、意見広告や新聞折込といったマスコミ媒体を使って広く府民に訴える宣伝行動など、お金もかけてたたかうという姿勢が必要ではないでしょうか。

「ストライキを含む国民総決起」としたアドバルーンだけでは全労連の戦う姿勢が見えてこないのは私だけでしょうか。今回の年金改悪は21世紀の半ばまでを規定する今後40年間を縛る内容を持っているといわれています。まさに現役労働者それも20代、30代の青年の課題であるわけで、年金者組合や中高齢者だけのたたかいに終わらせることなく、敵の攻撃に対置した具体的運動の展開を要望します。

最後に第2号議案の組織拡大基金のとりくみについて意見をのべます。全労連が石川の全国討論集会でこの問題を提起して2年がたちました。膨大な未組織労働者の組織化はナショナルセンター、ローカルセンター、産別をふくむ総ての労働組合の至上命題です。しかしこの間の論議の方向は、金は産別、未組織の組織化は地域といった図式が大勢であったように思われます。しかし政府・財界の労働力の流動化はそんな図式を打ち砕いています。いまや公務員職場も含めあらゆる産業で派遣、下請け、分社化など不安定雇用や、雇用形態の異なる労働者が同じ職場で働いています。先の156国会での改悪労働法制は、この状況をさらに拡大させることは必至です。「全労働者を視野にいれたたたかいを」ということが良く強調されますが、視野にいれるだけで組織化に足を踏み出さない、本工主義では職場そのものが消滅するといっても過言ではない状況に直面しています。

大阪自治労連においても、非正規労働者の組織化を単組まかせにするのではなく、昨年12月公務公共一般を立ち上げ、自治労連組織の無い空白自治体の柏原学童をはじめ大阪府、大阪市の非常勤・臨時職員や外郭団体雇用の非常勤職員など8つの労働組合を次々と結成し、8月2日の大阪府公務公共職員労働組合、9月9日の大阪市公務公共労働組合の結成につなげてきました。大阪府公務公共職員労働組合は全国の県庁職場における関連労働者の組織化の第1号となりました。職場、産業、地域において労働組合とは、ローカルセンター機能とは、産別機能とはなになのか、私は今回の基金運動はローカルセンター機能、産別機能の発揮に向けた新しいというより脱皮にむけた第一歩だと考えます。労働組合が労働組合としての本来機能を発揮するため未組織労働者の組織化をあらゆる段階において総ての組織が第一義の命題として位置付けてこの基金運動を取り組んでいかなければならないという決意を述べて私の発言を終わります。

2002年5月
戦後女性史年表
〈たたかってきた日々から〉

中居 多津子(大阪自治労連副委員長)

1975年は到達と出発の年

1975年はアメリカがベトナム戦争で敗北し、主要先進国首脳会議がはじまりアメリカの世界戦略の方向転換が余儀なくされた年であった。他方で国連の国際婦人年、メキシコ会議、世界行動計画の策定と国際的婦人運動の新たな胎動への始まりの年でもあった。

世界行動計画に明記された、国際的婦人運動の到達と今後の課題が自治体労働運動の女性の分野に与えた影響は多大なものがあったといえる。

世界行動計画は女性の地位向上にとって国の施策だけでなく自治体行政が重要な役割を果たす事を指摘したのである。自治体労働組合における自治研究活動は仕事から出発することから職能別研究が主体であり、保育、健康、食料、学校給食等女性に関わる要求も分野毎の運動に終わっていた。それが女性の地位向上として教育、健康、社会参加やマスコミ、住居、環境などあらゆる分野がトータルで女性の地位向上の課題として提起されたのである。これを婦人部自治研の視点として捉えたいくつかの自治体労組婦人部の取り組みが自治体労働運動における女性労働者の新たな発展を作り出したといっても過言ではありません。

もう1つの出発

自治体労働運動における女性労働者の権利拡大は、60年代後半から70年代にかけての革新自治体の建設と共に大きく前進した。

日本の組織形態である企業別労働組合は、女性労働者のたたかいにおいても、官民を問わず他の経験に学び、触発されての追いつけ、追い越せ運動の域をでず、ナショナルセンター、産別としての法改正、制度改正に運動を結実さしていくうえで、多くの弱点をかかえていた。

その典型が総評・自治労の特定政党支持路線であり、60年代から論議が進められていた、「育児休暇制度」要求についても、国会闘争は社会党を通じてしかおこなわれず、極端な場合日教組と自治労での意見の違いの調整もないままそれぞれの組織内議員が立法提案をおこない、審議未了廃案を繰り返していたのである。

こうした労働者側の運動の弱点を利用したかのように、自民党議員による議員立法で公務員の「看護婦、保母、教員」の3職種に限定した『育児休業法』が1975年国会を通過したのである。

政府提案でなく、議員立法で提案された背景は、いくつか考えられるが第1は、日本が国際婦人年のメキシコ会議に参加する上で国際社会にアピールするために。2つ目は政府提案の場合他の法制度との整合性など法制局での検討等に時間がかかる。第3は2との関連で「公務員制度」のなかにこれまでになかった『休業』という概念を持ち込み、公務員労働者の権利拡大に歯止めをかけることなどがあげられる。(ちなみに1972年制定の勤労婦人福祉法では『休暇』―均等法制定で廃止)

休暇でもなく休職でもない、ましてや欠勤でもないのに全くの無給、それ以上に勤務期間に応じて支給される一時金が6月1日、12月1日等の基準日に「育児休業」を取得すれば一時金算定対象期間に100パーセント勤務していても、一時金はゼロという公務員賃金制度では「組合専従休職」と「未帰還、不明職員」だけに適用されていた「在職しているが一時金を支給しない」部類に組み入れられるという賃金制度上の不合理を生み出しました。

この不合理が是正されるのは、4半世紀以上経過した2000年1月である。しかしこの『休業』という概念が作り出した無給・一時金の不合理は回復しがたい女性の生涯賃金に多大な損害を与えたばかりでなく、それに続く介護休業など大きな影響を与えた。

たたかいを進めていく中で様々な弱点が存在することは避けられないが、新たな制度の導入が孕んでいる危険性を見過ごすとたたかいの再構築に多大なエネルギーを必要とするのである。「3職種育児休業法」が作り出した一時金の不合理を成立時点から指摘していたのは、大阪府職労などわずかであり、この課題が産別、ナショナルセンター課題となるのは、全労連、自治労連結成後のそれも1990年代後半になってからとなる。

2000年3月
大阪自治労連マンスリーレポート

空前の国民負担と国民皆保険の崩壊 ―医療の市場化に道を開く今回の医療改悪

予算案可決後の今国会は鈴木・加藤議員の疑惑解明、対ロシアとの領土問題における二重外交の真相究明と医療改悪法案、有事法制制定との攻防となっています。
医療改悪は法案の中身や4月から実施される診療報酬引下げの具体的内容が明らかになるなかで国民の怒りが高まってきており、廃案をめざして引き続く運動の強化が求められています。

●保険料の連続値上げが国会での法手続きなしで −ますます拡大する国会審議無視の通達行政−

医療改悪法案には、現行の保険料値上げにかかわる大臣の専決条項に「保険料の減収」を追加していることが明らかになりました。
不況、リストラによる加入者減、賃金低下などで98年から連続して前年度比マイナスとなっている保険料の減収を今後も起こりうるとして、国会での審議を必要とせず、連続値上を通達だけで可能となる規定としています。今回の法案が可決されれば診療報酬と同様に国会の法手続きなしで保険料の値上げが可能となり、三権分立でなく、国民の声を反映する立法機関より政府の権能を強くするものになります。

●診療報酬の引下げは、医療の質に重大な影響が

4月から実施される診療報酬の引下げは、小泉首相が言う医者(医療機関)の収入減に止まらない重要な内容を含んでいます。今回は史上初の引下げ(2.7パーセント)と言われていますが(1)診療報酬全般の大幅引下げ(2)基本技術料の逓減制や包括化の拡大(3)保険医療の縮小と患者負担・差額徴収などが主な内容となっています。

1.診療科目によっては、経営がなりたたないー自治体病院も大幅な収入減

診療報酬の引下げは、2.7%と言われていますが、再診料・外来管理下算の月内逓減制、消炎鎮痛等処置料の5回以降の半減など外来部門、とりわけ整形外科等の引下げが際立っており,医療経営の根幹を揺るがすものとなっています。民医連の試算でも300床規模の病院で年間5億円の減収になるといわれています。
このような事態は、診療規制を引き起こし、医療の質の低下、生命を脅かすものとなりかねません。

2.6ヶ月越え入院患者は特定療養費(保険外)に

厚生労働省は、医療の「周辺部分」に限定していた特定療養費(保険外適用)を今回は、180日超入院患者の入院基本料や予約診療、200床以上病院の再診料など医療 本体部分に1挙に拡大してきました。点数引き下げによる保健診療収入の減収を差額徴収で補えとする、保険外負担の拡大であり、国民皆保険の空洞化を一層押し進めるものです。

3.病院のランク分けで病院の再編・淘汰を促進

入院基本料の引き下げに加えて平均在院日数の短縮、褥創対策・安全管理対策の減算、入院料や手術料に施設基準を設定し、基準を満たさないと減額するなど病院のランク付けを促進し病院の再編・淘汰を計ろうとしています。

●診療報酬の改定は国会の審議なし

今回の診療報酬の改定は、史上初めての引き下げという事で大きく取り上げられ、サラリーマン本人の3割負担とともに今回の医療改悪の柱のひとつになっています。
しかし、改定の手続きは保険料の値上げとは異なり、国会での審議なしでこの4月から実施されます。

これは、中央社会保険医療審議会(構成 健保組合連合会代表、連合代表、医師会代表等10名)が厚生労働省の諮問を受け、答申することで大臣の告示によって実施される仕組みとなっているからです。委員の構成は1応支払い側、診療側、公益委員という3者構成の形はとっているものの、国民の声が届かないところで患者負担を決定するものとなっています。今回の医療改悪は医療の市場化をめざす小泉構造改革の突破口に位置づけられたものであり引き続く介護保険見直し、年金改悪を控え重要なたたかいとなっています。

1999年6月
はたらく女性の大阪集会あいさつ

みなさん今日は、午前中の4つの分科会での討論や交流・学習で、大阪のはたらく女性の実態が様々出されたことでしょう。

はたらく女性の集会の歴史は、戦後第1の反動攻勢の下、世界の女性と連帯して、はたらく婦人の交流・学習の場として取り組まれてきました。

当時は、憲法や労基法、地方自治法など民主的法制度の確立に対して、さまざまな反動攻勢がおそいかかり、労働組合婦人部に対して、アメリカ占領軍から解体指令がでるなど、はたらく女性は組織活動面で「冬の時代」を迎えました。

これは、何時の時代も女性が集まり、話し合うことから出てくる『女性のたたかうエネルギー』を権力は忌み嫌うからに外なりません。

当時と今日の情勢を比べれば、当時より一層、平和にしろ、民主主義にしろ、さらには女性たちのたたかいで培ってきた、はたらく女性の労働環境などいづれもが、自・自・公体制の下で、その基盤が根こそぎ奪われそうになってきています。

不況と雇用不安が進行する中での政府の経済対策は、リストラを奨励していくものでしかありません。しかし、私たちはそれに甘んじ、がまんするほどお人よしでもありません。

今「癒し」という言葉と「リベンジ」という言葉がマスコミを賑わしています。これは、何か個人的防御を促す、危険な兆候ではないでしょうか?

本日の資料にも沢山入っているように、「たたかい、抵抗し、権利を守る」そんな女性たちのたたかいこそ、社会の大きな流れにしていかなければなりません。

60年代、70年代の争議団のイメージは、中小企業の分野でのたたかいが男性を中心に多く見られましたが、今日は、関電、三和、大証など大企業を相手に果敢に戦う女性の姿があます。

激動する世紀末に、21世紀を展望したたたかいがもとめられています。

今、20世紀論がにぎやかに論じられています。「戦争の世紀、人権の世紀、環境破壊の世紀、映像の世紀、化学物質の世紀」などなど。

来年6月は、第5回世界女性会議がニューヨークで開催されます。ここでは、1914年ジュネーブ協定以来平和と人権の連綿と積み重ねられてきた20世紀の世界の女性のたたかいの集大成の場としなければなりません。

21世紀をどんな世紀にし、女性の働き方や社会環境をどう作っていくのか?女性ひとりひとりが歴史を作ってきたのだとの、確信の上に立ち、本集会もそれに相応しい内容や形態に発展さしていく、討論を呼びかけます。

最後に、皆さんもご承知のように、6月24日大阪市交通局協力会を相手に定年差別をたたかってきた山根さんが最高裁で勝利しました。しかし協会もそれを指揮する大阪市も山根さんに謝罪するどころか職場復帰に関しても期間を明記しない研修の押し付けや、定年年齢にまたもや差をつけようとするなどの態度に終始しています。

全面解決にむけ、本集会の名において、交通局、協会に要請決議を送りたいと考えています。案文は実行委員会事務局に1任いただくことを提案して主催者のあいさつとします。皆さんの賛同をお願いします。

1998年3月
国際婦人デー大阪集会 実行委員長あいさつ

こんばんわ、今年も春を迎えるこの時期に、国際婦人デーをこのように盛大に開催できたことは、大阪の女性の心意気とたたかうエネルギーを示したといえるのではないでしょうか。

33の団体が参加した本集会の実行委員会を代表してごあいさつを申し上げます。

1910年、国際婦人デーが世界的とりくみとして提起された、コペンハーゲンでの第2回国際社会主義婦人会議の決議には、「第1に国際婦人デーは単に婦人だけでなく、自国の労働者階級を代表する政治組織や労働組合組織といっしょに行われること。第2に、国際婦人デーが婦人選挙権問題をはじめとする、あらゆる婦人問題にわたる要求をとりあげるように指示し。第3に、国際連帯のもとに行われるべきである」としています。

この国際婦人デーの原点から今日の日本の状況を、女性の視点で検証すれば、今日の長引く不況現況に追い打ちをかけた、消費税の引き上げ、医療改悪のなかでくらし全般が危機にさらされています。

銀行の貸し渋り倒産が相次ぐなか、国民負担による30兆円の銀行支援など、官僚と大銀行・大企業の癒着のなかで逆立ちした政治が横行しています。

規制緩和の大合唱で農産物の輸入自由化で日本農業が破壊され、大店舗の出店による小売商店への圧迫が作りだされ、労働者には労働法制の全面改悪が押し付けられようとしています。

世界に目をむければ、イラクへの軍事的恫喝、イタリアでの戦闘機の低空飛行によるスキー場のリフト切断事故など軍事大国アメリカの傍若無人さが横行しています。こうしたアメリカの暴挙にイエスマンを続ける日本政府の異常さも際立っています。

この、経済的危機、平和への危機は国際婦人デーがはじまった第1次世界大戦前夜を想起さます。

そして、80年前の世界大恐慌のなか、日本では、米価の高騰のため生活に苦しんだ富山県魚津の漁村の女性が立ち上がった「コメ騒動」は、労働者・農民を主力とする未曾有の全国民的運動に発展し、ときの寺内内閣が倒れました。

いつの時代も女性のたたかうエネルギーは政治を変える力となりました。
昨年の140国会での女子保護廃止反対のたたかいは、今日をして「女子保護廃止やむなし」としていた連合を「労働法制改悪反対」の戦列に引き入れるまでにいたりました。

横山府政の「老人医療助成制度の改悪」にたいして府下44の自治体のうち39の自治体が反対決議をあげるなど府民的運動はおおきく前進してきています。

80年前そして50年代の反動攻勢と1980年代の戦後第2の反動攻勢期との違いは、昨年の総選挙以来、東京都議会選挙での共産党の躍進、さらには住民の大きな共同のなかでの京都・城陽市や兵庫県・黒田庄町と民主的自治体建設の新しい流れが大きな潮流となってきていることです。国民の中に大きな政治的変革が胎動してきています。

行動綱領やNGO北京宣言は、
「私たちは、子供たち、孫たち、そして未来の世代の人々を、心にいだきながら、人類全体そして変化の担い手としての若者との連帯の精神をもって、これらの変化を追求する。私たちは、女性がこの地球のあらゆる、ことがらへの全面的で平等な参加を達成すれば、平和が実現し、すべての個人の幸福が保障されると確信する」
と高らかに宣言しています。

人権・平和が輝く21世紀へ。私たちの運動とたたかいは、私たちの人権を守るたたかいだけでなく、国際婦人デーの歴史が示しているように、次の世代の人達、子供たちの平和と人権を守るたたかいです。

人が人たるに、値する生活を! 女性の権利は人権である!

この叫びを要求に束ね、国際婦人デーの新たな歴史の1ページを作りだしていきましょう。

今日1998年3月6日を皆さんの知恵とエネルギーと、そしてたたかいの経験によって大阪集会を成功さしていただき、今日の成功をバネに、運動の大きなうねりと飛躍をつくりだしていきましょう。 

最後に、後程、記念講演いただく畑田重夫さん、パントマイムを演じていただく松井朝子さん、先程までの舞台を作り出していただいた参加者のみなさん、集会準備にご尽力いただいた実行委員の皆さん、そして本集会の成功におおきなエネルギーを発揮していただいた参加者の皆さんにお礼をもし上げ実行委員会を代表してのあいさつといたします。

1997年11月
中央地区評 大会あいさつ

確定闘争、97春闘の「生活と労働」実態アンケートのとりくみなど、大変多忙な中、多数参加いただきありがとうございます。

この1年間、議長・事務局長の女性コンビを支えていただいた役員の皆さん、各支部のみなさんにあらためてお礼もうしあげます。

中央地区評は、昨年規約改正を行い、体制の強化、支部的機能の発揮にむけて運動を展開してきました。

本庁ニュースの1500号突破、組合員拡大での交流集会、みどうすじ総行動でのかってない参加を勝ち取るなど、新しい峰を気づいた1年だと考えます。

今年は、社会保険や税務からも幹事を出していただき、総務・教委には幹事の複数選出など規約改正に積極的に応えていただくなど、一段と各支部のご協力と結集をいただいており、更なる運動の発展にむけ役員一同努力していきたいと考えています。

総選挙の結果については、来賓の方からお話しがあると考えますので、わたくしの方では割愛させていただきます。

最後に、先だって開催され第8回中央区労連大会で副議長の山崎さんが中央区労連議長に就任されたことをご報告するとともに、中央区労連の議長組合としての府職労中央地区評の位置と役割が以前にもまして重要になったことを皆さんとともに自覚し、当面する消費税増税阻止、全労連1000万人アンケートのとりくみに全力をあげて皆さんとともにたたかう決意と、代議員のみなさんの積極的討論で方針を充実させていただきますようお願い申し上げてあいさつとします。

1997年9月
〈地域ですすむ多様な共同・大阪〉
地域から立ち上がった女性たち

(労働運動1997年9月号)

7月19日、140国会が終了して1ヵ月。「労基法改悪に反対し、真の男女平等法制定をめざす大阪連絡会」(以下「労基法連絡会」と略す)は、「改悪労基法・均等法の全容と今後の課題」と題した研究・討論集会を開催し、学者、労働問題研究家、弁護士、労働者、婦人団体役員、国会議員など総勢70人が参加し、問題提起・報告・討論を行いました。

この集会は、悪法強行にくじけず、職場・地域で改悪攻撃を許さず、男女とも人間らしく働くために、小休止することなく、運動を強めようとする熱気にあふれるものとなりました。他方、労働省は7月2日、中基審にたいして「今後の労働時間法制及び労働契約等法制の在り方について(中間取りまとめにむけての議論のために)」という文章を提出し、労働時間と労働契約等に関する法制度の規制緩和の具体的内容を明らかにしました。

まさに、「女子保護」廃止を突破口に労働法制の全面改悪が動き出しているなか、労基法の改悪攻撃を許さず、男女共通して労働時間の短縮をかちとり、人間らしく働くルールの、確立をめざすたたかいは、1999年4月の改悪労基法・均等法の施行を1つの、メドとして、労働分野の規制緩和を許さないたたかいとを結合した第2ラウンドのたたかいに、職場と地域から運動を強めていくことを求めています。

徹底した討論と学習で

今回の法改悪は、均等法制定時と同様に、「労基法の女子保護廃止」と「均等法の一部改定」がセットで出されました。とりわけ「均等法」施行10年の見直しを口実に審議会、審議が始められたこともあり、マスコミの取り上げも「均等法」を前面に押し出し、「女子保護」廃止の狙いや、危険性をほとんど取り上げなかったのも特徴の一つでした。

運動面においても当初「均等法」改正を前面に掲げる風潮も少なからず見受けられる状況のもとで大阪では、徹底した討論と学習において、「女子保護」廃止の労基法改悪反対を前面に掲げることの重要性を確認し、運動を展開しました。

さらには、この「女子保護」廃止が、労働法制の規制緩和の「突破口」に位置づけられており、規制緩和との全面対決を正面に押し出すなかで確立されたスローガン「父ちゃん失業、母ちゃんパートで深夜業、娘や息子はフリーター」は、街頭・駅頭宣伝では大きな注目を浴び、大きな広がりをみせました。

8行政区で結成・再開

大阪における「労基法改悪反対、男女平等」の課題での共同闘争は、1980年3月の「労基法連絡会」の結成が始まりです。当時、1978年の労基研報告以来、労基法の改悪が強まむ一方で、労働戦線の右翼再編進行のなか、総評は運動方針から「労基法改悪反対」を削除しました。既存のナショナルセンターの枠を超え、「労基法改悪反対、真の男女平等制定」の一致点で、労働者・労働組合、民主団体が運動組織をつくり、1984年から85年にかけての101・1021国会のたたかい・運動を組織してきたのが「労基法連絡会」だったのです。この当時、地域(行政区)の連絡会は、堺と吹田の2地域に連絡会が結成されました。

今回は2月から4月の短期間に、8地域に連絡会の結成・再開がなされ、運動が地域(面)に大きく広がりました。

主体的力量高め足踏み出す

12年前のたたかいとの大きな違いは、私たちがたたかうローカル・センターを確立していたことと、地域(行政区)に地域労連をもっていたことです。

12年前のたたかいでは、「労基法連絡会」は存在し、街頭宣伝なども実施はしたものの、その運動の領域は「連絡会」加盟組織の「タテ」での範囲にとどまっていました。

しかし、ローカル・センター、地域労連を確立したもとでは、さまぎまな課題において運動の視点と視野を地域に注がざるをえないことを、大阪労連結成8年間で経験、直面してきました。

「労基法連絡会」は、リーフレット・署名を作成し、加盟組織での運動推進の武器をつくるだけでなく、要求で一致する団体へどう運動を広げるかで着目したのが、「ゼンセン同盟」でした。繊維と商売の街の伝統を引き継ぐ大阪には、「ゼンセン同盟」の支部・単組が500を超えて存在しています。「労基法連絡会」は1月14日に「ゼンセン同盟」の517の組織に共同と署名の協力の申し入れを郵送で行いました。こうした共同の申し入れ行動は自治労連や大教組、医労連では自らの産業内で取り組まれ、地域においても「大規模アンケート」とともに旺盛に展開されました。

また、学習・宣伝・署名行動のどの点をとっても、地域でどう推進するのかが常に提起・検証されました。学習では、単産・単組・支部・分会だけではなく地域労連や地域労組での学習会も開催されました。「労基法連絡会」、大坂労連にたいする講師派遣の依頼は50を超えました。宣伝・署名行動はまさに地域労連、地域連絡会の本領が発揮され、毎月25日の月1回の宣伝行動が3月、4月段階には独自の宣伝行動日の設定や毎週の宣伝行動などまさに面を埋める宣伝・署名行動が展開されました。

地域連絡会結成の特筆すべき2つの特徴は、2月4日にまず一番最初に連絡会を結成した大東連絡会です。ここでは、大東市職労と新婦人の2つの組織での共同行動の足を踏み出すなかで、連絡会の結成にもっていったことです。「連絡会を結成して運動の推進を」では情勢に見合わない、行動のなかで共同の輪を広げようと、2団体で連絡会を発足させ、翌日の2月5日には、地域の労働組合、民主団体への申し入れ行動を展開し、行動のなかで連絡会の加盟団体を増やしていきました。そして2月段階では宣伝行動の参加が5〜8人程度だったのが、4月の毎週の宣伝行動では20人近くで駅頭宣伝を実施できるようになっていきました。

2つ目の特徴は高槻の連絡会です。ここでは、市当局が市民イジメの行革の推進と合わせ、市職員にたいして、一時金の成績主義導入を提案。「連合」市職労がたたかわないもとで、高槻市労組と地域労連は、市民と職員の暮らしと権利を守るたたかいを大きし展開し、住民向け全戸ビラ配布や決起集会などの運動に全力をあげていました。

しかも、こうしたたたかいのなかで、女性労働者は、この自治体「リストラ」に結集されたエネルギーをそのたたかいに終わらせることなく「女子保護」廃止反対のたたかいにもつなげようと、4月に連絡会を結成しました。
この2つの連絡会の教訓は、「なにをするにもまた同じ組織で」とか「大変なたたかいをしているのに、また組織をつくるの」といわれる「金太郎アメ」論を2つの側面から払拭したものだといえます。

さらに、8連絡会のうち大東、寝屋川、守口の3連絡会は北河内という地域にあります。この地域はあの三洋パートのたたかいで全国にも名を馳せた地域ですが、大阪労連的にいえば、大阪労連北河内地区協議会という大阪労連の地域組織の中間運営機関が存在しています。この北河内は統一労組懇時代から、婦人部組織を確立していました。大阪労連の地域組織に婦人部組織を確立しているところが、共同闘争において組織労働者のイニシアチブを発揮したことの重要性を改めて検証したといえます。

大阪では、7月29日に「労働諸法制改悪に反対し、だれもが人間らしく働けるルールをつくる大阪連絡会」が結成され、全行政区に「労働諸法制連絡会」の結成を運動展開の組織目標として掲げています。

地域で全労働者を視野に入れた活動を、「大規模アンケート」だけでなく、個々の課題で広げていくことで労働者・国民に全労連の旗がより身近になり、たたかいと運動が前進していくでしょう。

(なかい たづこ・大阪労連婦人部長)

1997年1月
中央地区評 旗開きあいさつ

97年明けましておめでとうございます。
中央地区評としての新春旗開きに多数出席いただきましてありがとうございます。

今年は、憲法・地方自治・労働基準法がそれぞれ施行・制定され50年の節目の年となります。憲法の民主的原則である基本的人権-生存権を脅かす、医療・社会保障の大改悪、地方分権の名の下の地方自治の破壊、労働法制の全面改悪による労働権の侵害など、規制緩和と大競争時代に名をかりた生命と賃金・雇用破壊攻撃がすざましいものとなつています。

これをゆるせば、21世紀は、これまでの概念を打ち崩す改悪どころか憲法の民主的原則が変質させられ、我々の想像を絶する働かされ方になっていくのではないでしょうか。

一方府政に目を転じれば、大阪府財政の危機は、全国的にも突出した状況であり、横山府政はこれをこれまでの自民党府政と変わりなく、大企業奉仕、府民・職員犠牲で糊塗しようとしています。「公金不正支出」に端を発した会計の民主的執行についても、官・官接待や大企業との癒着問題を棚上げにし、職員にしわ寄せしようとする府の姿勢は、断じて容認できません。

府民・職員の要求を前面にたて、いまこそ清潔・公正・民主的な府の行財政の確立と、超勤問題についても大胆な討論と具体的政策提起がもとめられているとかんがえます。

中央地区評もこれまでの各支部の方針確立うえにたった本庁における一致点での運動の展開から、残業問題では、一歩突っ込んだ政策提起についても論議をすすめていきたいと考えます。

なによりも、中央地区評の組合員・職員の未来をも見通した運動、21世紀が豊かで、希望のもてる社会とするため、重要なこの1年皆さんと共に奮闘する決意をのべ幹事会を代表してのあいさつとします。

1996年12月 第75回大会総括討論

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33年間の発言と退出
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webmaster 2011-6-13 17:58

1996年12月
第75回大会総括討論

土建支部の中居代議員です。

私は、土建支部と中央地区評のこの1年間のたたかいの教訓と女性の視点から、本部方針を補強する立場で総括討論に参加します。

今、政府・財界が規制緩和の名の下に、社会保障、医療制度の大改悪、農産物の輸入自由化など国民のくらしと命、すなわち基本的人権−生存権にかかわる分野をも、大企業のぼろ儲けの対象にしようと襲いかかってきています。これらは政・財・官の構造的癒着ともからみ、福祉を利権の種にした厚生省汚職、薬害エイズやO-157など国民の命さえ奪ってしまう事態を引き起こしています。

オール与党勢力は、総選挙で国民の厳しい審判をうけたにもかかわらず消費税増税をはじめとして引き続き大企業本位の行財政をすすめるために、労働者国民にさらなる負担を強いようとしてきています。

私は、こうした攻撃の下、労働行政分野の規制緩和である労働法制の全面改悪反対のたたかいについて意見を述べます。

均等法の見直しと女子保護規定の取り扱いを審議していた婦少審は11月26日「女子保護廃止は男女平等の前提」とした公益案を発表し、今週の13日には婦少審としての答申を出すとしています。婦少審の労働委員を独占している連合は今年6月の中央委員会で時間外・休日・深夜業の女子に対する規制廃止を認め、時間外労働は男女とも360時間の目安とする方針を提案しました。ところが連合の会長組合であるゼンセン同盟は連合と婦少審に対して、女子保護の廃止反対、時間外労働は、男女とも現行の女性への規制時間である150時間とすべき、家族・介護の負担を負う労働者には、深夜業だけでなく、時間外・休日労働にも免除規定を、適用すべきとの意見を11月29日に出しました。

まさに、連合の政府・財界と一体となった規制緩和路線に連合内部からも反旗がひるがえされたわけで、女子保護廃止が職場実態と掛け離れたものであることが明らかにされたわけです。

労基法の女子保護廃止を突破口に有期限雇用の拡大、有料職業事業の自由化などの労働法制の全面改悪で、「使用者は必要な時に必要な労働をより安く」という、在庫一掃、下請け泣かせの部品の即日納入のトヨタのカンバン方式を人間−労働力にも適用する人間カンバン方式の実行が狙われています。労働行政分野の規制緩和は、憲法27条に謳われた労働権への侵害であり、労基法の「労働条件は労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすものでなければならない」とした労働者保護の理念を変質させる重大な内容をふくんでいます。

21世紀、私たちの子供のはたらき方、はたらかされ方が、私たちの想像を越えたものになろうとしているのです。憲法公布50周年、労基法制定50年の来年まさに労働者の生存権をかけたたたかいとして位置付けた労働法制全面改悪反対の大運動を婦人部まかせにすることなく展開されることを求めるものです。

次に、方針提案や討論でも明らかにされたように、オール与党政治の悪政と対決した総選挙の勝利、安保廃棄・沖縄の基地撤去をもとめるたたかい、府職労結成50周年の節目にたった組織の強化拡大、さらには全労連が提起している国民春闘前進にむけた、労働者・国民との大規模な共同・対話の生活・実態アンケートの取り組みなどさまざまな新しい運動の発展に確信をもつことが重要だと考えます。

また、全国的にみても大阪府の財政危機が一段深刻なもとでの横山府政の府民・職員イジメの府行革とのたたかい50歳の選択定年制の導入や、確定闘争での来年度は給与改定見送り発言などの厳しい攻撃に対し、今後のたたかいの発展にむけ、この1年間のたたかいから教訓を引き出すこともまた重要な課題だと考えます。

こうした点から私はまづ最初に「一律2%の人員削減」攻撃に対するたたいかいについてのべます。この問題では、拡大執行委員会や書記長・行財政部長会議でも「要求・課題の打ち出し方、運動の展開」についてかなりの激論がかわされました。中央地区評では、この間の本庁における恒常的残業の実態から、これは本庁全体が統一してたたかえる課題であり、また、部局間の分断を許さない意味でも統一してたたかわなければならない課題であると位置付け、中央地区評としての、「人員削減反対、行革大綱撤回」の闘争を展開することとしました。

具体的運動の内容は神田代議員の発言で詳しく報告されました。

地区評の「支部的機能の発揮」が提起され久しくなりますが、地域の運動だけでなく、職場要求において当局の分断を許さず、運動やたたかいを展開してきたという点で、このたたかいに示された本庁組合員、職員のたたかうエネルギーの結集は大きな財産であると考えます。

現行の職能支部と地区評運動の有機的結合で組合員のたたかうエネルギーを最大限結集できる本部としての指導と方針の確立は急務となっていると考えます。
その意味では、5号議案の(4)のイ91年の70回定期大会の第5号議案から後退したものと言わざるをえません。

次に、地区評としての要求実現活動についてのべます。中央地区評はこれまでの先輩諸氏の努力もあって、中央地区評として当局に要求書を提出し、交渉をもつことができています。今年度のたたかいと成果については昨日の神田代議員の発言にゆずるとして、今後の課題について意見をのべます。

このとりくみでは、 本庁各支部では総務支部をのぞいては、職場環境や福利・厚生、労働安全衛生の要求で、直接職員課や用度課との交渉ができないという現状のなかで支部交渉では「担当課に伝えておきます」という通り一遍の回答に止まっている例も少なくありません。職場要求を具体的に担当部局とやりとり出来るというメリット、部局間の分断を許さないという点で重要な取り組みとして位置付け、ひきつづき強化していきたいと考えています。しかし、交渉した事や交渉でのやり取りを即、文章で公表・宣伝することは連合との関係で出来ていません。また、ねばり強い運動で成果を勝ち取ってもその成果の公表は、連合との関係でいつも火曜日まで引き伸ばされます。連合の本庁組織のニュースが火曜日発行となっているからです。

この点では、今回の確定闘争における交渉事項の公表時期についてのルール問題とも関連するものです。公表の同時期ルールの確立は平等取り扱いの最低限の課題であると考えますので、府職労、府労組連としての努力を求めるものです。

次に、要求実現と表裏一体の課題である組合員拡大についてのべます。昨日の橋口支部長の発言でも明らかにされましたが、1回の呼びかけに終わらない、数回にわたる対話による組合加入の訴えは大きな財産となりました。
とりわけ今年の教訓は、ただ全般的に対象者をあげるだけでなく、戦略目標として幾つかの職場では一気に目標をやりあげ、その勢いを他の職場へ波及させようと、力を集中したことです。そういう雰囲気をつくることによって職場の組合員の方の協力も出てくるなど成功のおおきな要因となりました。

また、執行委員会では、拡大が楽しいという支部長がアキもせず毎回の拡大提起をするので3回に1回はやらなアカンナアと思い、その思いが執行委員全員になったときは大きな力になるわけでまさに継続は力となっています。

次に、現在取り組んでいる97春闘の労働者・国民との大きな共同の取り組みである「大規模アンケート」の成功にむけて発言します。土建支部は12月7日現在511名のアンケートを回収し絶対数で府職労の先頭にたって奮闘しています。

土建支部は、この間、提起されてきた春闘での全組合員の参加では、春闘学習会、春闘アンケートの取り組みでは大きな成果をあげるに至っていませんでした。しかし今回の提起は、土建支部のこの間の労働時間延長や人員削減反対の署名行動や各種の本庁決起集会の経験から、まず、組織の要である知原書記長が「これはヤラネバ、これならヤレル」と運動の先頭に立ったことです。それは、やはり1番最初の本部の会議でこの取り組みの意義からして、「どの署名用紙」でやるかの論議が十分つくされた事にあると考えます。そして、支部執行委員会では、一般的目標でなく、職場毎の具体的目標をかかげた事、知原書記長の自己紹介付きビラは全国的に有名になりましたが、執行委員がそれぞれ工夫し、これまでの経験を生かして、何回と職場に足をはこびアンケートも人とによっては2回、3回と渡して記入してもらっています。私も、担当職場では、あの三井金属のベア廃止、春闘からの離脱という新聞記事をのせたアンケートお願いビラを全職員・組合員に配布し、係長級以下は連合組合員も含め31名全員がアンケートに答えてもらいました。あと3人の主幹にやってもらえば完全なパーフェクとの達成になるわけで土建支部は職員の過半数である600名の達成にむけ全力をあげていきます。

次に、消費税増税阻止・廃止にむけたたたかいは当面する重要な課題です。私はこの課題と関連し、第4号議案の要求書について意見を述べます。

要求書の【2】の(1)の税財政に関する要求で2.に所得税減税の項目があります。この間の労働者に対する重税感は課税最低限度額の引き上げが少なからず据え置かれてきた事にあります。1975年(昭和50年)までは、高卒初任給の額を課税最低限度額が上回っており、生活費には税金を掛けないという考えが不十分ながら、生きていました。こうした点から大阪労連は97春闘素案で課税最低限度額を180万円に引き上げることを賃上げ要求とともに春闘要求として掲げることを提起しています。この観点からもこの要求をこの項に明記すべきだとかんがえます。

最後に私は、府職労が50周年を経てあらたな土台・峰を築くための、たたかいと展望の観点からいくつかの点を指摘したいとかんがえます。

第1は、幾つかの経験でも触れましたが、運動やたたかいをすすめるにあたって、府職労が組合員の意見や知恵を汲みつくすという点で、討議・論議を十分行うことの重要性です。 それは、府職労規約にある機関会議をも重視しての論議です。府職労の各種委員会のなかでも会議が年に1回か数回だけに終わっているもののも少なくありません。地区評の「支部的機能の発揮」についても何が支部的機能なのかの提起もないままに5年間が経過してきた実態、本庁強化が言われて久しく、本庁対策委員会が設置されてはいるものの 会議が1回開かれただけで年度が終わってしまうなど、機関会議で論議しない弱点が諸にでてきています。

また、50歳選択定年制導入にかかわってのたたかいで、府労組連方針が前面に出され、府職労単組としての方針確立の論議が不十分であった点です。

対大阪府に、共通する使用者としての統一してのたたかいの重要性はあるものの、構成員や職種、職場実態に違いがあるもとで、まず単組である府職労としての論議を十分に尽くし、そのうえで府労組連として何が一致し、何が一致しないのかを明確にしたうえでたたかいを進めなければ、組合員のたたかうエネルギーの結集は図れないと考えます。あの反対署名に託された組合員・職員のねがいと要求をもっと早い段階から組織していれば、撤回方針の確立もふくめた壮大な運動が展開できたのではという思いは、私だけでないはずです。

このたたかいの総括が今日にいたるも文章で提起されていない点については昨日の書記長答弁がありましたが、早急に論議を尽くすべきだと考えます。

私は、府職労の50年の歴史は、大いに論議し、民主主義を貫いてきた歴史であったと考えます。吏雇員制度の撤廃や、完全連記制の廃止、青年部長・婦人部長の直接選挙制、 賃金制度においても、男女の格差を持ち込ませていないなど、常に弱い立場におかれている人達を眼中にいれ、そして、組合員の要求を瞳のように大切にする歴史であったと考えます。

総選挙での共産党の躍進という、21世紀が希望のもてる社会をめざして奮闘する民主勢力のおおきな一翼を担う府職労が、府財政危機の下で、一段と厳しい攻撃にさらされる状況を迎え、まさに新しい発展にむけ、組合員の英知を結集した運動の展開がこれまで以上に求められています。総選挙での新しい胎動、大規模アンケートでの労働者や職場の変化を国民的運動につなげ、消費税増税阻止、97国民春闘の前進、府行革の3点セット撤回にむけ全力をあげる決意と府職労運動の発展を願って総括討論を終わります。