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1996年9月 大阪労連大会発言

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33年間の発言と退出
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webmaster 2011-6-13 17:53

1996年9月
大阪労連大会発言

13ページの労働法制の全面改悪反対、労働者の権利を守るたたかいの項に関連して発言します。

○ 政府・財界のねらう女性労働者活用の新戦略は「男性並のカローシもいとわない」少数の女性とそれ以外の安くて、有期・短期の不安定雇用の2つのタイプを使い分けをさらに押し進めるというもので、女性労働者の平等要求を取り込んだ「機会均等」の形をとってきています。

○ この選別活用推進の要に位置づけられているのが、13ページに記載されている7項目の労働法制の全面改悪と労働法制の規制緩和です。

人間カンバン方式とも云われる、資本の「必要なところへ、必要な時だけ、必要な労働を」という、労働力の流動化は、「雇用破壊」と「賃金破壊」を促進し、「育児や看護などの家族的責任のためやむなくパート」というこれまでの状況から、女性や既婚者にかぎらず、若い女性も、また専門職もパートや契約社員、派遣労働者など多様な形の「雇用調整弁」を男性も含めた全労働者に広げていこうとしています。

これらが実施に移されれば「父ちゃん失業、母ちゃんパートで深夜業、娘や息子はフリーター」という深刻な事態に追い込まれることは明らかです。

8月1日に出された、96人勧が1%を切る超低率の賃上げ幅に止まらず、寒冷地手当の改悪・削減、年金改悪と連動した、再任用制度の検討など、一層の成績主義と能力主義による分断政策を強める方向を打ち出しています。
さらに人勧は、新たな時代に対応した人事管理として、(1)長期の新任合同研修の実施 (2)官民双方の交流のための基盤整備としながらも、「長期継続雇用を前提とした現行の処遇に係る諸制度の見直しを図ることが重要」として、身分保障を前提とした公務員労働者の終身雇用制度の破壊を示唆しています。

そして、研究公務員と限定つきながら、任期を定めた採用−「任期制」の導入を打ち出しました。

この任期制は、大学教員への任期制を打ち出した、昨年9月の大学審議会の部会報告や、政府が7月2日に閣議決定した、研究者の任期制の導入を盛り込んだ、科学技術基本計画の具体化に外なりません。労働法制の全面改悪の最大の狙いである「有期限雇用」の公務員版がもう動き出しているのです。 民間準拠を強調しながら、「民間」の後追いどころか、全労働者の低賃金・労働条件の抑圧機構としての人勧体制本来の姿を以前にも増して強めて来ているといわなければなりません。

と同時に、公務員からストライ権を奪っての、官民分断攻撃は、この間の、均等法・労基法・雇用保険法・育児休業法・介護休業法などにおいてさらに強められ、官民で違う法律や地方公務員と国家公務員で違う法律、公務員の適用除外、中小企業への適用猶予と云ったように、官・民分断、官・官分断、大企業と中小企業との分断がまかり通っています。賃金闘争のみならず、このたたかいでの官民の統一闘争、労基法の全労働者適用をかかげた、労働基本権回復のたたかいとも連動した取り組みが重要ではないでしょうか。

次に雇用における平等の確保の課題について意見をのべます。

昨年10月婦人少年局長の私的研究会である「男女雇用機会均等問題研究会」が報告をだしました。この報告がだされたその日に、婦入少年問題審議会の「均等法見直し」論議の再開がなされ、7月16日にその中間報告がだされました。

私的研究会も公的審議会のいずれもが、平等確保の措置である、間接差別の禁止などの積極的差別是正には否定的態度を示し、その結論を先送りする一方で、女子保護規定の廃止については、公・労・使とも解消の方向で検討に合意するなどその動きは「まずは労基法改悪ありきの」大変危険なものとなっています。 婦人少年問題審議会に労働者代表として参加している連合は、7月の婦人少年問題審議会の中間報告の発表に先だっての6月4日に中央委員会を開催し、「時間外、休日、深夜労働の男女異なる取り扱いを解消する」として、「女子保護規定の廃止、残業規制の目安を360時間に」との方針を提起しました。

しかし、「廃止方針」に批判が出て、「深夜業の廃止については引き続き検討」としたものの、時間外、休日労働については執行部原案通り可決されました。

ここで、重大なのは、時間外労働を「目安制度」という規制とは程遠い考えを打ち出したことです。 労基法1条2項は「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」と労使に労働条件の向上を求めています。

この労基法の理念を打ち砕く、「目安制度」−規制緩和路線の行き着く先は、憲法27条の「勤労条件の基準」に基づく労働者保護法である労基法の変質させていく以外のなにものでもありません。

また、連合は12年前の均等法のときも、法案作成に先立っての1983年12月23日の婦人少年問題審議会で当時の全民労協も総評の代表も「母性保護の適用を受けた者と受けなかった者の間で、昇進・昇格に差が生じても法律でこれを規制しない」との合意をし、女性労働者が母性保護の権利を行使して、昇進や昇格の差別をうけても仕方がないとするこ使合意を行い、今日の「保護なし平等」に道をひらいたものです。この反労働者性の暴露・強調は、今日より重要になってきていると考えます。

政府・財界は、連合を活用して、「均等法」制定時と同様に、労働基準法の改悪と「均等法」の部分改正をセットで行おうとしています。

しかし、「均等法」制定時と今日では、国際労働基準や男女平等の国際的到達、日本も毅味156合条約を批准せざるを得なかったように、労働者の家族的責任の認識など多くの分野で運動とたたかいの前進があります。さらには、女性の権利は人権であるとした平等要求の高まりは85年当時の比ではありません。

しかし、一方で連合の労使−体路線の下での、凄まじいリストラ「合理化」攻撃がすすみ、労基法無視の超過密・長時間労働の実態が先行させられている現実もあります。

さらには、全労連もふくめ労働組合運動全部ダメ論など、職場を基礎に地道なたたかいで男女賃金差別を許さず、成果を勝ち取って来ている実態に目を向けず、市民運動型が最高の武器であるかのようなイデオロギー攻撃も産まれてきています。 

また、労働者の賃金要求原則である、同一労働・同一賃金はもう古いとして、同一価値労働・同一賃金論でなれればたたかいが前進しないというという風潮も一部にでています。

しかし、ILOも、今までの同一価値労働・同一賃金一辺倒から、最新の条約では、同一労働・同一賃金が明記されるに至っています。昨年の北京の世界女性会議で採択された行動綱領でも、同一労働・同一賃金が明記され、「団体交渉は権利であると同時に女性に対する賃金の不平等を撤廃し、労働条件を改善するための重要な仕組みである」と労働組合の取り組みを重視しています。

この様な状況のなかで、いま、男女平等の実現にむけ、階級的たたかう労働組合運動の真価が問われています。わたしたちは、母性の尊重は社会的権利であり、母性保護は平等実現の前提であり、家族的責任は個人で解決するには、限界があり、全て解決できるものでないとして、現状を打開し、深夜業・残業は国際労働基準なみに男性も規制されるべきであるし、女性労働者の労働条件の切り下げは単に女性労働者の問題でなく、男性労働者の労働条件低下につながるとの観点での労基法改悪反対の運動の展開がもとめられています。また、雇用における男女平等の確保についても、均等法の部分的改正での、機会の均等ではなく、結果の平等の確保を求める男女雇用平等法の確立にむけた、たたかいを重視しなければならないと考えます。

12年前大阪の女性たちは、要求署名で177108名、国会請願署名は197956名を集約し、4・14中央決起集会に515名の代表団の派遣、週2回の国会傍聴へは毎回30名を越える参加など歴史に残るたたかいを組織しました。前回に比べ短期間であるという側面はありますが、階級的ローカルセンター大阪労連が存在するもとでの今日のたたかいが、全労働者的課題として、職場や全国統一闘争、国会闘争でそれ前回以上のものを展開出来るよう期待と決意をのべて発言を終わります。

1996年5月
県職部会「賃金・権利討論集会」報告
女性の賃金格差解消のとりくみ

1.女性の賃金格差の原因

【日本における男女賃金格差の経緯】

<1> 日本の男女賃金格差は、韓国・キプロスと最下位を争っており、発達した資本主義国では最低となっています。
<2> 1975年の国際婦人年以降、世界では男女の賃金格差が縮小してきています。ところが日本では、戦後格差が順次縮小してきたものの、1976年の56.1(毎月勤労統計)を境に格差が拡大してきており、1991年には、49.6と20年ぶりに男性の半分以下の水準に落ち込みました。
<3> 均等法制定直後の1986年には、拡大傾向にストップをかけたものの2年と続かず1988年からまたもや格差が拡大しまし、世界の流れに逆行する方向をたどってきています。

【日本の男女賃金格差の要因】

<1> 1976年からの春闘の連敗によって、賃金の大幅底上げがなされなかったこと。
<2> コース別人事、職務・職階給の導入による、昇任・昇格差別など男女差別の固定化。 
<3> 低賃金・無権利のパート労働者の増大(10年間で2倍の800万人に)
<4> 母性保護の権利、家族的責任にかかわる諸権利の取得による賃金カット、昇給延伸など、賃金上昇に大きく立ちはだかっている権利闘争の弱点。
<5> 女性が多くを占める医療・福祉職場においては臨調・行革攻撃の下、低賃金・劣悪な労働条件に拍車をかけられ、勤続年数が極端に短いこと。
があげられます。

2.自治体労働者・労働組合の賃金・権利闘争の前進をめざして

【公務員賃金をめぐって】

(1)公務員賃金制度の主な変遷(その1)

<1> 1945年(S20)8月〜1957年(S32)3月
  ・1946年(S21)10月 ・・・電産型賃金(生計費基本)
  ・1947年(S22)     2・1スト
  ・1947年(S22)10月〜12月    1800円ベース(業種別平均賃金)
  ・1948年(S23)1 月〜5 月    2900円ベース (2500円生活給、420円職階給)
  ・1948年7月22日        マッカーサー書簡 
  ・1948年7月31日   政令201号(スト権剥奪−団結権・交渉権制限)
  ・1948年12月            国家公務員法改悪   人事院の発足  

<2> 1957年(S32)4月 給料表分断、通し号俸制廃止   8級制導入

<3> 1985年(S60)4月   11級制導入

 (2) 人事院勧告制度をめぐって

<1> 労働三権の剥奪・制限の代償措置という装いをもったもの=代償措置でない
  ・代償措置論=政府・当局・人事院・連合・自治労・連合公務員共闘の主張

<2> 大幅賃上げとは程遠い「格差是正機関化」(公・民格差)(参考-地方公務員法第24条3項-給与決定の4原則からも逸脱)

<3>「民間準拠」論を展開

<4> 人勧制度のはたしている役割(公務員労働者・労働組合に対する権利侵害。我国の「低賃金構造」の主要な柱のひとつ)
  ・スト権奪還、労働基本権奪還闘争の重要性→国民の民主的権利擁護のたたかいと結合

<5>「人勧で賃金がきまる」という論について
◆人勧で実施時期すら示さなかったときがある◆実施時期を明記した人勧も、4月実施に10年かかった◆72年4月実施以降も「82年人勧凍結」83年、84年、85年人勧値切りを強行(83年人勧6.47%→2.03、84年人勧6.44%→3.34%、85年人勧4月実施→7月実施)◆62年第3次賃金闘争で国会修正◆人勧制度を過大評価・過小評価するという両極の誤りに陥ってはならない。

(3) 80〜90年代人事院勧告の特徴(賃金制度の変遷その2)

<1> 80年3月16日  第2臨調発足(自治労丸山委員長委員として参加)
《8月人勧》 (人事管理・人事行政施策について長期的安定的な政策策定へ公務員制度の全面的見直し=賃金制度の全般的・総合的な検討)    

<2> 82年7月30日  第2臨調行政改革に関する第3次答申(基本答申) 公務能率の増進・成績主義を打ち出す(特昇制度・勤勉手当制度を本来の趣旨にそった運用の確立)
【注−特昇制度=15%   82年12+3% 85年10+5%  に所属長枠を拡大】 

<3> 85年 11級制導入  (1957年(S22)以来28年ぶりの制度改悪)
      △85年を境に民間企業=職務・職階給与→能力・能率給拡大・生活給縮小へ

<4> 87年<人勧>  民間企業の経営努力を指摘 (解雇、1時帰休、賃金カット、配転、出向、残業規制)

<5> 88年6月24日 人事院総裁の私的諮問機関「勤務時間問題研究会」が「公務務員の勤務制度の課題」として中間報告(連合総研佐々木氏参加)
<8月人勧>   「週休2日制」の報告と勧告(報告で勤務時間の弾力化への取り組みを指摘)
89年12月11日  同研究会本報告(93人勧にある介護休暇もこの時点で無給休暇の新設 提起−高齢者社会、核家族化に対応)

<6> 89年<人勧>  
調整手当改悪(6月第3次案)90年4月実施   勤務時間の適正化、弾力化。「公務員倫理の高揚」をとりあげる。民間企業の経営努力にならった「公務運営の改革(公務員制度・給与制度の成績主義の強調)←管理の強化

<7> 90年<人勧>  
係長級以上4.91%、その他3.67%アップ、一時金の差別支給。「公務運営の改善」指摘=能率化・服務規律の確保・公務員倫理の高揚   

<8> 91年<人勧> 
差別・成績主義の賃金体系   本庁課長補佐に新たに「俸給の調整額8%」新設、俸給の特別調整額を受ける職員の週休日等の勤務について  
「管理職員特別勤務手当」新設、勤務時間の弾力化への検討へ

<9> 92年<人勧>  
調整手当改悪、フレックスタイム導入、高齢対策提起

<10> 93年<人勧> 
超低額・一時金削減、介護休暇(無給)、高齢対策 「勤務時間法」整備へ

(4) 人勧・人事院規則と女性の権利

・労基法の改悪
86年4月1日以降(女子保護規定緩和−時間外・深夜・危険有害業務、生理休暇−保護なし平等)    
88年4月1日以降(1日8時間労働の原則をくずす−変形労働の拡大、労働時間の弾力化)
93年6月(94年4月実施)週休2日に相当する週40時間−1年単位の変形労働割増賃金率の改訂、44時間〜48時間制容認(政令へ委任)

・人事院規則
1976年  3職種育児休業法制定に伴って、人事院規則に無給の「休業」という概念が入る−無給と一時金の不合理
1986年 労基法改悪を根拠に生理休暇を特別休暇から削除
1990年  育児休業法関連
1994年  勤務時間法(介護休業制度)(育児休業との矛盾)

3.「均等法」と日本シェーリング最高裁判決

均等法の基本−
母性保護の適用を受けた者と受けなかった者との間に昇任・昇格等に当たって取り扱いに差が生じる問題については、当面法律による一律規制の対象とはしない(1983年12月21日婦少審労使合意)

日本シェーリング賃金差別事件−
(1981年大阪地裁、1983年高裁、1989年12月24日最高裁判決)
年休・生休・産休・育児時間等労基法・労組法上の権利行使による不就労を理由に賃金査定の基礎としたことは無効

4.国際的到達に学ぶ

(1) 北京女性会議行動綱領

戦略目標178(h)−「団体交渉は権利であると同時に、女性に対する賃金の不平等を撤廃し、労働条件を改善するための重要な仕組みであると認識すること。」

(2) ILO132号条約

第5条4 疾病、傷害、出産等の当該被用者にとってやむえない理由に欠勤は、各国の権限ある機関により又は適当な機関を通じて決定される条件の下で、勤務期間の1部として数えられる。
第6条2 疾病又は傷害に起因する労働不能の期間は、各国の権限ある機関又は適当な機関を通じて決定される条件の下で第3条3に定める最低年次有給休暇の一部として数えてはならない。

5.大阪府職労のたたかいの経験からの教訓

(1) 自治体職場(県職レベル)における男女賃金各差の要因とのたたかい

A.昇任  
B.無給化攻撃と昇給延伸  
C.昇格基準と権利の行使

<1> 昇任差別に対する取り組みの強化 
7つの格差−男女・学歴・採用年度・職種間・本庁、出先・部局間・労働組合

<2> 権利と賃金は一体のものとしてとらえる(連合との違い)
 (たたかいの結果として「権利(休暇)」が先行する場合もあるが、賃金要求は絶対に離さない)
・育児休業の一時金の不合理是正と有給要求(育児欠勤制度)・

<3> 女性の権利要求を他の権利要求とくらべ特別視しない。過渡的要求と全労働者的課題
・休暇要求だけでない労働権保障の条件整備(家政婦利用補助金)

<4> 賃金制度に熟知し、他の制度との極端な不合理を許さない。

<5> 人事院勧告体制と真正面から対決するたたかいの発展をめざす
・労働基準法が大部分適用であると認識した運動の展開(勤務時間法による準則攻撃)

<6> 賃金の基本をふまえ、生活実態にねざした賃上げ要求を掲げ、たたかいを推進する。
    (生計費を基本とした基本給のひきあげと手当の性格を整理する)
・無給攻撃とのたたかい・有給要求への確信(イデオロギー攻撃とのたたかい)

<7> 組織の総力をあげてたたかいの課題とする

<8> 職場における憲法・労基法違反などの解消をめざし総合的な権利点検運動を推進する

<9> 全国的、地域的共闘の強化とたたかう方針の確立 

<10> 分断を許さない(男・女、官・民、官・官等)

6.たたかいの課題

(1) 人事院勧告体制と真正面から対決するたたかいの発展をめざす

賃金闘争と権利奪還闘争の区別と関連をふ まえ各々のたたかいを独自に発展させる。
さらには、経済闘争と政治闘争との結合をはかりたたかいを前進させる。

(2) 賃金闘争の具体化

<1> 賃金の基本をふまえ、生活実態にねざした賃上げ要求を掲げ、たたかいを推進する。
(生計費を基本とした基本給のひきあげと手当の性格を整理する)

<2> 春闘に最大の力を集中し、国民春闘推進、管理春闘打破。
当局に対するたたかいでは「有額回答」をもとめていく。

<3> 人事院・人事委員会に対するたたかいが重要。(全国的、地域的共闘の強化)

<4> 自治体労働者の賃金確定まで見通した賃金闘争の確立。

イ)勧告前のたたかい
ロ)勧告後のたたかい(1962年の経験を活かす) −勧告に対する怒りと要求の再結集
ハ)自治体における確定のたたかい
ニ)一時金闘争の全国的再構築

<5> 当面賃金闘争を通じて、労働基本権奪還にむけた権利意識とたたかいの高揚

(3) 権利奪還闘争の具体化

<1> 現行公務員法に定める労働基本権剥奪・制限は憲法違反であることを明確にする

<2> 従って権利回復の柱を明確に位置付け、国民の民主的権利擁護のたたかいと共に推進する。−小選挙区制の廃止、金権腐敗の一掃、憲法改悪反対。年金・医療・福祉・教育の切り捨て反対、軍事費の削減など労働者国民の生活と権利擁護のたたかいを推進する−

<3> 民主的行政の確立、民主的自治体建設をめざし住民と共同してたたかう

<4> 職場における憲法・労基法違反などの解消をめざし総合的な権利点検運動を推進する 

<5> ストライキ権奪還を含む立法措置要求を つくりあげる。
立法措置の検討にあたっては1980年に日本共産党が発表した「官公労働法」構想を参考とするまた、立法措置の中でILO151号条約に定める便宜供与(第6条)を法的に明確にする。ストライキ権を含め労働基本権の完全回復を明確にしないまま連合・自治労・公務員共闘のようにILO151条約批准を要求することは、ストライキ権回復を「究極目標」にすることになり、まさに「交渉権」をという形で紛れもない「段階論」となる。 また、立法案の中で、人事院・人事委員会を改組、縮小をはかる。公務員の身分保障・懲戒等の定めについても憲法15条、28条、92条をふまえて具体化する。
△賃金闘争の連続で労働基本権奪還は実現しない(権利闘争としての具体化が必要)

(4)「民間準拠」について

△93年人勧報告で「民間準拠」について…「既に定着したもの」とまで言い切っている

<1> 金額での公民格差だけでなく、民間における経営努力−
    −成績主義、能率主義、人事管理の強化、給与制度そのものへ−

<2> 賃金面では民間における職務・職階給制度強化から
→能力給・能率給へ移行の対応(春闘敗北の連続←管理春闘) 

【参考】連合第3回定期大会(1993.10.7〜8)(資料−17)
  「中期賃金政策」=年2.5%引き上げ、完全仕事給、熟練度別賃金要求への移行を決定

(5) 人事院勧告体制への「参加・協力」にふみだした連合・自治労・公務員共闘

1)人勧体制への「積極的協力」宣言

<1> これまでの人勧「賃金闘争」の致命的欠陥
<2>“参加”の名による人事院勧告体制への全面屈服

2)労使対等による労働条件決定の原則を否定し、「賃金闘争」の放棄

3)労働基本権奪還闘争の完全放棄と「参加・改革」要求へ

4)賃金闘争と人勧体制翼賛運動へと堕落させる「年間闘争サイクル再整理」論を展開

5)公務員賃金闘争の終焉をもたらす連合・自治労・公務員共闘

(6) 賃金要求の原則

  <1> 生活保障(含む最低賃金制要求)
  <2> 同一労働・同一賃金
  <3> 差別・格差解消

(7) 地方公務員の賃金闘争

△各自治体当局と関係労働組合との交渉による決定が原則
△民主的自治体建設をめざし地域住民・民主勢力と共に日常的たたかいを前進させる住民共闘と地域共闘の重要性
△人事委員会のある都道府県・政令都市、公平委員会のみの自治体
−労働条件決定に至る仕組みの違いに留意したたかいを組織する 

1995年12月
第74回府職労大会発言

私はこの1年間の中央地区評の活動に触れながら経過報告について意見をのべます。
この1年間は一面的にもしくは中央地区評レベルでみれば、地区評活動が組合員の目にうつった年と言えるのではないでしょうか。阪神大震災の救援物資・カンパ活動をいち早く取り組み、本庁組合員、職員に府職労ここにありとの存在感をアピールしました。

また、新庁舎問題では地区評としての要求書の作成、用度課への申し入れなど全本庁的課題での宣伝活動では大きな力を発揮したと自負しています。

知事選においては、4年前と比較しても本庁ニュースの紙面においても連日のように知事選問題が記載され、地域宣伝行動においても大きな役割をはたしました。

しかし、支持拡大など組織活動の面においては、タテ支部での取り組みや指導、活動が大きく反映し、地区評での全面的テコいれができないことに直面しました。

このことは、先だっての大阪市長選でも最後まで克服できない課題として残りました。

本庁における残業実態調査も1週間連続で6月と11月にそれぞれ2回にわたって実施してきました。とりわけ、11月は当局の提唱している「ゆとり月間」でもあり、当局の残業の総量規制を回避した、なおざりの金曜日の8時までの残業とした、まやかしの措置も結果に基づき批判してきたところです。

10地区評ではそれぞれにこれまでの歴史的経過や地域性を発揮した活動が展開されていると考えますが、私が地区評活動に従事したこの1年間で、選挙や組織拡大などで拡大執行委員会での地区評のチョットした交流はあったものの地区評活動全般の交流をする機会はありませんでした。

労働安全衛生問題なども地区評の組織性を発揮した活動分野の推進の提起が求められていると考えます。

また、地区評活動の展開にむけての組織的整備の問題です。支部的機能の強化が言われて久しくなりますが、これがスローガン倒れになっているのではないでしょうか。拡大執行委員には地区評からも選出されていますが、中央委員会、大会など府職労の機関運営への参画は確保されていません。ただ傍聴の義務づけという発言権すらない参加だけが強要されているのです。

地区評の活動についての経過報告も19頁の組織の現況においては、地区評単位の記述はありません、役員も地区評役員は記載されていません、活動も地域メーデーや春闘の大阪労連提起の地域活動のみが数字としてあらわれています。

40頁にに地区評活動一覧がありますが、これも地区評交付金の算定のための報告であって、中央地区評が総力を挙げてとりくんでいるといっても過言ではない、ノー残業デーのとりくみも143頁の労働時間短縮恒常的残業の解消、ノー残業デー実現の闘いにも一切の記述はありません。わたしはここに中央地区評のことを載せろといっているのではありません。40頁の地区評活動の項にそれぞれの地区評の特徴的実態や運動を記載すべきだといっているのです。

経過報告の地区評活動の項は現状や問題点を把握したとは言い難いと考えます。経過報告書は本日手にしたばかりですから見落としがあれば、指摘してください。

こうした記述のみにとどまっていることこそ、いまの本部の姿勢と指導性を物語っているといわざるをえません。

わたしは、本庁という中央地区評の独特の組織形態もあるものの、「支部的機能の発揮」とした方針に基づく、指導の必要性と具体的方針の確立をもとめているのです。方針に基づく、きっちりとした総括、それは実態の把握なしにはありえないと考えますし、また来年も同じ方針で同じことのくりかえしに終わらないためにも、地区評活動の支部的機能の発揮についての、実態把握と総括を求めるものです。

中央地区評は12月19日に一律2%の人員削減をゆるさず、総務部長通知、行革素案の撤回と大幅人員増による労働時間短縮と残業の総量規制の即時実施を要求する第1次本庁集会の成功にむけとりくんでいます。

これも、本庁の残業が慢性化している実態をどうしても改善したいとする、組合員・職員の切実な声に応えたものであると同時に、政策的には部局間・支部間の分断を許さず全本庁的、攻勢的運動で当局を追い込んでいきたいというまさに要求実現の立場にたった運動であることを表明しわたしの発言とします。

ここで終わるとわたしの代議員権は土建支部として割り当てられたものであり、支部活動の問題にもふれないと、支部での基盤を失いますので発言させていただきます。

昇任問題ですが、この問題に対しても、ことしは係長級考査試験の問題もこれあり、全庁的に大きな関心を呼んだ課題です。

しかし、経過報告書を見る限り技術系職員の昇任問題は2月7日の単組要求書の団体交渉の記述に止まっています。府職労エリアでいえば職員の60%近い技術系職員の昇任問題の取り組みの記載がありません。本部段階ではまさに記載するほどの運動を展開できなかった事を明らかにしています。「遅くともだれでもが41歳で係長級に」との政策的確立をして2年が経過しました。いまそれを運動的に当局をどう包囲していくのかがもとめられています。

わたしは、役員の任期を2年制にしたときの論議をおもいだします。単年度の運動ではなく、継続した運動をしていくためにも本部役員の2年制任期の必要が強調されましたが、それが生かされているかどうかは疑問です。技術系職員の昇任問題のとりくみにあたって、7つの格差にも指摘されている、部局間格差、職種間格差、本庁・出先の格差を是正するためにも支部任せの運動ではなく本部がイニシアチブを発揮し、壮大な運動の展開を求めてわたしの発言を終わります。
 

1995年11月
中央地区評大会議長挨拶

各支部とも新体制発足と同時に秋期闘争や大阪市長選挙等連日の行動提起のあわただしいなか中央地区評総会の成功のため数多くの代議員の皆さんにお集まりいただき、ありがとうございます。

開会にあたって、執行部を代表して一言ごあいさつを申し上げます。

この1年間、阪神大震災にはじまり、ここにきて、25年ぶりと規定するのかそれとも35年ぶりと規定するのかは別として日米安保条約の取り扱いが日本の政治を揺さぶり、国民のおおきな問題意識となっています。

日本の主権にかかわる重要な問題が、悲しいことではありますが、沖縄の少女暴行事件をきっかけにして日米安保条約−地位協定が取り上げられるに至りました。

しかし、これは国家の主権のないところでは少女の人権も守れないということを鮮明にさせたのではないでしょうか。

まさに、村山連立政権が60年代の自民党政治と変わるどころかそれ以上の国民無視の政治姿勢であることを暴露しました。

次に、確定闘争、96春闘の準備にはいるなかで、雇用破壊、賃金破壊とこれまでの概念を根本から打ち砕く、政府・財界の激しい労働者への攻撃もよりあからさまになってきています。

さらには、介護保険構想にみられる「措置制度」の破壊によって社会保障を変質させる攻撃も強まってきています。

これらの攻撃を打ち破るには、まさに国民的反撃が必要であることは、沖縄闘争が明らかにしたところです。地域で職場で住民や職員・組合員の琴線に触れた運動が求められているのではないでしょうか。

わたしは昨年議長に選任されてのあいさつで、「メリハリ」のきいた中央地区評活動をめざしたいと申しあげました。阪神大震災の救援活動、新庁舎問題の宣伝、知事選挙や地域活動でその事を貫いたのではと考えています。

こうした取り組みでの各支部・組合員の皆さんのご協力に感謝いたします。

最後に、懸案でありました地区評の規約改正も各支部の皆さんのご協力により、本総会に提案できる運びとなりました。規約は運動の規範です、しかし、金科玉条のアンタッチャブルでもないと考えています。情勢と運動の推進とともにより良いもの、運動にマッチしたものにして行くものだと考えています。

この規約改正とも合わせ提起しています運動方針に対して積極的な討論をもお願いして、ごあいさつとします。

1995年4月
昇任にあたっての経歴適性評価はどのようにおこなわれているのか

−項目も評価方法・基準も明らかにしない秘密主義−

技術系職員の昇任にあたって当局は「勤務実績、勤労意欲、知識、経験管理者としての適性など多面的な角度から検討を行う」としている。

しかし、10項目あるとされている適性評価の具体的内容また、評価の方法・基準、さらには、総合評価にあたっての評価点の経歴と適性の配分についても明らかにしない秘密主義をとっている。

−自らの評価がどのように行われているのかを知る権利は、情報公開の歴史のながれ−

行政職の係長級昇任考査においては、不十分なものではあるが、試験の結果は本人の希望により知らされてはいる。

また、総合評価における経歴、受験実績、試験結果、適性評価の評価点の配分も公表されている。
しかし、技術系職員にあっては、すべて「ヤミの中」ともいえるのが実態である。

社会一般に行われている『資格試験』は合格最低基準が公表されており、経歴や実績も受験資格としてに明確にされている。 さらには、情報公開の歴史の中で、『内申書』の本人への開示も多くの自治体で実施されてきているなど、本人への評価の『開示』は情報公開の流れとなってきている。

−適性評価の秘密主義は評価基準への自信のなさの現れか−

勤評や適性評価が公表されないのは、仕事や業務への評価ではなく、忠節度や貢献度への評価であるからとの指摘もある。

また、労働者への分断・支配そして、1人1人の労働者の権利を蹂躙する武器として勤評や適性評価活用されてきたことも歴史的に明らかにされている事実である。

−適性評価への不公平感は圧倒的多数− 

府職労のアンケートによると、技術系職員の昇任にあたっての公平感に対して、『公平に行われている』と答えた人は、たったの2%とっています。

これは、まさに適性評価に対する職員の不公平感の反映といえるものです。

−公平で民主的な昇任制度の確立を−

団塊の世代対策が言われて久しくなります。
土建支部は最低でも行政職なみの団塊の世代対策をもとめ運動をすすめてきました。
そして、「一定年齢での昇任」こそ、『団塊の世代対策』の有効手段であり、一部幹部の恣意的昇任を排除できる民主的で公平な昇任制度であるとして引き続き当局を追及していきます。

1995年1月 北京レポート

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33年間の発言と退出
執筆 : 
webmaster 2011-6-2 10:03

1995年1月
北京レポート

−すくない女性職員、3割にほど遠い女性管理職、男女の賃金格差−
大阪の自治体にはたらく女性の実態
大阪自治体職員女性ネットワーク

[I]はじめに

ナイロビ将来戦略は、労働と社会参加における平等について「133.婦人が、経済のあらゆる分野において、管理的な地位を含め、技術、及び責任をより多く必要とする仕事に就くことができるようにするために、社会的認識、政治的支援及び制度的、財政的資源を動員するための手段を提供するような政策がとられるべきである。」

「88.政府は立法及び行政的措置により、国、州、地方レベルの意志決定過程への婦人の参加を確保する必要がある。・・・婦人が平等に代表することが達成されるまで・・・特に意志決定及び政策決定者の地位への婦人の採用、任命、昇進を増加させるための特別な活動を実施すべきである。」など女性の管理職への参画について方策を講ずべきことを明確に述べている。

また、「ナイロビ将来戦略の実施に関する見直し勧告」では「政府、政党、労働組合、職業団体、その他の代表的団体は、・・・指導的地位に就く婦人の割合を、1995年までに少なくとも30%にまで増やすという目標をめざし・・・」と具体的目標を明示している。

日本においては、憲法第14条と、地方公務員法13条で性別による差別は禁止されている。しかしながら1986年に制定された「男女雇用機会均等法」は、私たち自治体にはたらく女性は適用除外になっている。

こうした、法制度のもとでの大阪の自治体にはたらく女性の実態を報告する。(1994年6月調査)

[II]雇用・採用差別

どの自治体をみても事務職全体に占める女性の割合は10数%から20数%と極めて低い。これは大阪府や大阪市のように1975年まで男女の募集差別が存在していたことや、また、現在でも1次試験(筆記)と2次試験(面接)の合格者の男女比率に大きな隔たりをみせている自治体も存在している。さらには、家族的責任を担っている女性が出産、家族の介護など様々な困難に直面し退職を余儀なくされた結果も大きく影響している。

[III]昇進の実態

(1) 女性職員の最高到達職階

女性職員の到達している最高職階は、ほとんどの自治体で課長級又は課長代理(補佐)級である。吹田市と東大阪市では次長級の女性管理職(それぞれ2人)がいるが、それが今回の調査での最高到達である。なかには係長が最高到達という自治体もあり、差別の実態は歴然としている。

(2) 全職員に対する役職者比率の男女差

一部を除く自治体で男性職員の5〜6割が何らかの役職に就いているのに対して、女性の場合は役職者比率が6〜20%となっており、ここでも大きな格差がある。

(3) 女性の管理職の所属部局

現在、最高職階にある女性の所属する部局は、女性政策課など女性政策関連部局の他は福祉部局、市民課など市民と直接接する部局が多く、同じ部局内でも庶務、総務関係に配属されていることが多い。戝政・企画など自治体の総合的な政策決定、企画調整を担当する部局には全くと言っていいほど女性管理職はおらず、行政への女性の参画という点では問題が多い。

また、一部の自治体を除いて女性は主幹・主査などに就いている割合がたいへん多く、課長代理や係長など決済権をもつ役職に就くことは少ない。

[IV]ピンク・ゲットーの実態

(1) 保母の現状

堺市で保母職の女性が女性政策室長(部長級)まで昇格しているなど一部の例外はあるものの、大多数の自治体では課長代理(補佐)級に位置付けられている保育所長が最高到達職階となっている。保母職にとって課長代理(補佐)級以上に昇格する道は極めて狭いといえる。また、今なお男性事務職員が所長という市、1人で2〜3ヵ所の所長を兼務している市も存在する。ひとりの所長が管理する部下=保母の数は20数人が一般的であり、事務の同等級の管理職に比べ何倍も多く、等級に比して重い責任をおわされている。

(2) 看護婦の現状

堺・泉佐野で部長級まで到達しているほか、病院の総婦長が次長級という自治体は多い。しかし、看護婦総数に占める管理職の割合は極めて低く、多くても10数%に過ぎないことは事務職と同様である。また、次長級の総婦長が100人近くの部下をもつなど、保母職以上に等級に比べ重責を担っている実態がある。しかも三交替勤務という看護婦の実態を考慮すると、事務部門に比べ、極端に管理職の割合が少ないといえる。

[V]賃金格差

自治体職員の賃金制度は職務・職階給の性格を色濃くもっており、昇進しなければ賃金は上がらない側面が大きく男女の賃金格差は広がっている。

また、育児休暇や家族看護休暇を取得すれば昇給が延期されるというペナルティもあり、このペナルティは退職時まで解消されないなど賃金面での男女格差は数多く存在している。

[VI]おわりに

女性職員は研修や職場の会議から外されるなど、若いときから教育・訓練の機会が与えられないことが多い。昇任・昇格は研修を受ける機会の平等、職域拡大などとも大きなかかわりがある。これらについては今後のテーマとして詳しく調査、分析をすすめることにしたい。

また、各自治体に置かれている女性政策課などの女性政策関連の部局でも各自治体の行動計画・新国内行動計画に基づき、女性の政策決定への参加について現状をつかみ、「女子地方公務員の登用」を進めることを目指している。女性政策課等との連携をし、資料の提供についても協力を求めることも必要である。

昇任・昇格については女性に対する差別のみに留まらず、学歴差別、部局間差別、組合間差別など様々な差別が存在している。こうした差別の中のなかで女性への差別は最も見えやすい形で現れている。

どんな差別もない民主的な人事行政を実現させるための運動を進めることが必要である。

1994年8月
育児休業と賃金保障
「労働の中断」における労働者の賃金とかかわって


(労働運動1994年8月号)

はじめに

婦人少年問題審議会は1993年9月27日、「育児休業取得者にたいする経済援助のあり方」とする「建議」を労働大臣宛に提出した。

12月1日には中央職業安定審議会専門委員会雇用保険部会が、「職業生活の円滑な継続を援助するための給付」について高年齢雇用継続給付とともに育児休業給付を行うとの報告を出した。

これらを受けて政府は、1994年4月から25%の「雇用保険」による「育児休業給付」の方向をうちだした。これは1992年4月に育児休業法が施行されたものの、民間と公務員とは別の法律となり、民間の場合は育児休業取得者にたいしての給与の取り扱いが法には明記されておらず、育児休業の取得がしにくく、また希望通りの期間が取得できずにいる実態があるなかで、「育児休業制度は子を養育する労働者の雇用の継続を促進すること等を目的とし、労働者の雇用の安定や将来のキャリア形成の促進を図ることを重視した制度であり、育児休業取得者に何らかの経済援助が行われることはこの制度の趣旨・目的を一層活かすという観点からも望ましいことである」(婦少審議会)との考えから打ち出されたものである。

しかし、ここには、「雇用保険」での給付をいいながら雇用保険法弟1条にいう「労働者の生活の安定・・・」という理念は欠落しており、また「経済的援助を個々の事業主の責任として法律で一律義務づけるのは適当でなく・・・」(婦少審建議)というように、使用者責任の免罪をもしている。このように、育児休業の取得者に「経済援助」という名目で、雇用保険による「給付」をおこなうという政府の「新たな方策」にたいして、労働者・労働組合はどのように対処していくのか。

 本来「育児休業」とは、労働の継続を前提とした「労働の中断」である。「労働の中断」にたいする賃金保障要求にたいして、これまで労働者と労働組合は賃金闘争の重要な一環としてたたかってきた。

 その立場からこの間題をみれば、賃金闘争に新たな理論的、運動的整理の必要が突き付けられているのではないだろうか。

【1】育児休暇要求の20数年間の闘いの経過

 高度経済成長に伴う女性労働者の急激な増加のなかで、1960年代後半からはたらく女性の「育児要求」はより切実なものとなっていった。そして労働者・労働組合は様ざまな討論を経て「育児休暇3原則」(選択制・有給・原職復帰)を確立し運動を展開していった。

1975年の3職種適用の育児休業法がもたらしたもの

1975年の公務員3職種(保母・看護婦・教員)適用の、「育児休業法」は、労働者のたたかいのなか、国際婦人年の世界会議に間に合わせるために「政治的」に議員立法として成立した経緯がある。

また、一方でこの間特定政党支持路線をとっていた総評の「組織内候補」との連携から、社会党が1974年まで「教員の育児休暇法」を国会に提出し続けていたという経過をも反映したものともいえる。
こうしたことともあいまって、公務員の賃金制度における退職手当、昇給の取り扱いが、育児休業の場合には他の制度との整合性に欠ける点か多くなっている。

さらに、育児は全労働者にかかわる課題でありながら、「人材確保法」として、労働基本法である労基法ではなく、別の法律をつくったり適用範囲を限定するという手法を用いた上、内容においては、第1には、労基法のように最低基準でなく最高基準であったこと。第2には、罰則規定がないこと。第3に、賃金面での取り扱いが他の制度に比べ不当な扱いがなされていたこと。第4は、公務員と民間の分断が強行されたこと。第5は、公務員のなかでも職種による分断がなされたこと。など、3原則要求以外にも基本的問題を内包しており、後のたたかいに重大な影響を与えるものであった。

ところが労働組合運動のなかでは、法成立後の運動も多くは婦人部まかせであり、こうした基本的課題にたいするたたかいは全面的に組織されず、職種拡大(全労働者適用)が中心課題となり、単組レベルにおいても一時金の不合理是正などを要求としてかかげていた労働組合はごく一部であったといえよう。

1976年から1992年の全労働者適用の育児休業法成立まで

公務員3職種適用の育児休業法律制定をうけ、地方公務員労働者は自治体での制度化が必要となり、各自治体でのたたかいのなかで職種の拡大、全職種適用など自治省の執拗な攻撃のなかにあっても権利拡大のたたかいを進めてきた。

また、民間においても一定のとりくみがあったものの「育児休暇」の制度化は全事業所の20%に到達しなかった。しかし、法律の枠組みがないなかで民間における制度の内容は有給を勝ち取っているところもあり、その状況は様ざまであった。

そして、1985年の「均等法」の成立、一方で労基法女子関係の改悪がなされるなど、女性労働者のはたらく環境の悪化のなか、1・53ショックという少子産社会の到来、さらには参議院での「保革逆転現象」など様ざまな社会・政治状況の変化のなかで、1992年に全労働者適用の「育児休業法」が成立した。

しかし、法制定の手法は「公務員3職種育児休業法」と変わらず、民間、公務員を別の法律とし、さらには大企業と中小企業の分断、公務員のなかでの国家公務員と地方公務員の分断、そのうえ公務員の3職種にあっては「育児休業給」の支給で男女の分断が強行されるなど徹底した分断が強化された。

また、この法律では前述したように、民間では賃金の取り扱いを明記しておらず、一方の公務員法では無給が明記(3職種の女子のみわずかな育児休業給支給)されているというように、労働者の休業中の賃金保障を全く無視したものであった。

「連合」の発足と労資一体化の路線の強化

一方で「連合」はどのような制度要求をかかげているのか。「連合」は、1989年に発足したが、その前身である政策推進労組会議(1981年)時代から「育児休業」要求をかかげできでいる。その要求を経過的に整理すると次のようになる。

(1) 政策推進労組会議時代(1981年〜82年)は「育児休業手当金」(社金保険料の掛け金相当分を事業主が支払い、その後政府が事業主に還元する。ただし労働協約等により賃金が支払われることを妨げない)としている。

(2) 全民労協時代(1983年〜86年)は育児休業の法制化をかかげながら、前半の83〜84年の社会保険料に相当する「休業手当」の要求をかかげたものの、1985〜86年は「手当要求」をせず、「社会保険料」の優遇措置を要求としてきた。

(3) 全民労連(1987年〜89年)と「連合」(1990年〜)時代になって、4野党の「育児休業法案」の実現をめざすとして「全労働者負担を含む基金による休業手当の支給」を打ち出した。

(4) そして「連合」に移行して3年目、「育児休業法」が成立した後の1993年には「雇用保険」による「休業給付」を政策・制度要求としてかかげたのである。

このように、(1)手当プラス賃金要求から (2)社会保険料相当額の手当要求、そして社会保険料の優遇措置要求、法制定の具体化が浮上すると (3)法制化の中身としての労働者負担の所得保障要求を掲げたものの、育児休業法が成立してしまうと、使用者責任免罪の「休業給付」と限りなく要求を低めていく、「連合」の労資一体の本質を見逃すことはできないと考える。

【2】育児休暇要求の闘いの到達と今日的課題

選択制という「育児休暇要求」独特の権利にたいする考え方を今日時点でどうみるか

「選択制」は「育児休暇要求」独特の権利にたいする考え方である。なぜなら「育児休暇」を取らなくとも、保育所への入所や家族や知人による保育など他の選択肢があるからである。この「選択制」が賃金要求にあたって重要な意味をもっている。

しかし、この育児休暇要求の3原則を確立した1960年代後半から今日現在30年が経過している。また、国際的にも1975年の国際婦人年をへて、「婦人にたいするあらゆる形態の差別撤廃条約」(1979年採択)や、ILOの「家族的責任条約」(1981年改定)など育児や出産にたいする社金的責任が強く求められてきている。そしてわが国では、育児以前の「出産」自身がDINKS(ディンクス)に象徴されるように幅広い選択のなかにある。こうした点から育児要求は「選択」だから、「育児休業」を選択せず高い保育科を支払っている労働者との関連で、賃金保障は低くても止むを得ないとする考えがあるならば、それは今日の時点では再検討の必要があるのではないか。

保育所運動との結合の点で

1975年の「育児休業法」制定当時、またそれ以前の「育児休暇要求の原則」確立時点では、保育運動が労働組合婦人部の重要課題であった。ところがその運動の結果保育所が増設されるなかで、保育労働者の増加ともあいまって、保育労働者の職能運動が活発となり、保育運動は保育労働者と父母の運動として大きく発展していった。その一方で、はたらく母親(父親)の組織された部隊としての労働組合の運動としての取り組みが、保育運動のなかで相対的に比重が低下するという現象に直面していったのではないだろうか。そうした点から、保育所運動と「育児休暇」闘争が運動として統一的に組織されることがすくなくなったといえるのではないか。

一方、「臨調・行革」による福祉切り捨て攻撃のなかでの「保育料の引き上げ」、低成長下でもあくなき利潤を追求し続ける日本の独占資本による、婦人労働者への労基法改悪をはじめとする「権利」への攻撃は強化され、労働戦線の右翼再編がすすむなか、「臨調・行革」や「労基法改悪」にたいし、今日の「連合」に代表される右翼潮流は、この攻撃と対決せず、労働戦線全体としては有効で統一的な反撃が全国的に組織されたとはいいがたい。

はたらく婦人の権利意識にたいするイデオロギー攻撃として「育児休業法」が与えた影響

「育児休業法」は先にも触れたように、さまざまな要因があったとしても「労働者の病気やケガ」などの「労働の中断」からみると「賃金面」では異常な水準におかれていることは明らかである。「権利性」という点でも労基法のような罰則規定がないこと、また、育児には選択肢がいくつかあるという現状のもとで、出産者全員が「育児休業」を取得しないという状況もあるなかで、「代替が確保」できないから取得できないといった現状も存在している。こうしたなかで「取得者」には無給で当たり前としたイデオロギー攻撃が、労働者の一定の部分にも潜在化していったといえるのではないか。

【3】 育児という社会的責任の遂行における労働の中断にたいするも賃金のあり方について

有給要求の正当性

1992年の「育児休業法」の制定は内容に不十分性をもっていても、育児が男性も含め社会的責任であることを確認するうえでの一歩前進であったといえる。しかし、さらに社会的責任である「育児による労働の中断」にたいして社会保障憲章(1961年第5回世界労連大会で採択)のいう「権利性」「包括性」「必要十分性」の原則からいっても労働者が引き続き正常な生活と子どもの養育ができる手段を、国と使用者の責任において保障されるべきであることは、賃金で生活している労働者にとって憲法25条の理念からいっても当然のことといえる。

ところが、育児休業法では休業中の給与の取り扱いについて一切の記述がない。それどころか「公務員の育児休業法」では第4条の2項でわざわざ無給を明記し、「有給」の労使合意に自治省が自治体にたいして圧力や介入を行う事態さえ招いている。これは基本法である労働基準法第1条2項で、労働条件の決定にあたっては、(1)法基準を理由として労働条件を低下させてはならない。(2)労使双方は労働条件の向上に努めなければならない。とした原則を全く無視したやり方である。労働組合はこれまで、労働者の生活と権利を守る立場から、労働者の病気やケガによる労働の中断にたいしての給与の取り扱いや、また、長期療養を必要とする疾病にたいして、賃金や休業手当金などの支給を勝ち取ってきた。この到達から見るならば、今回の「経済援助」という概念は、有給や手当でもなければ「所得保障」でもなく、「労働の中断」における生活の保障とは大きくかけはなれた「経済的援助」という形での低賃金政策として持ち込まれたものである。労働者・労働組合の今日までの「賃金闘争」にたいする新たな攻撃としての危険性をはらんでいると考える。

「所得保障」の水準について

現行の失業給付や労働の中断にたいする休業給付の水準は期間は様ざまであっても、給与の60%が最低到達となっている。ところが今回は「経済的援助」という形で、25%という生活維持にはほど遠い数字を示してきている。まさに、今回の「建議」の経済的援助のもつ意味がこの数字に示されているといえる。

民間の実態は様ざまであるが、公務員の賃金制度においては、「労働の中断」における賃金保障の水準は最低で100分の60であり、最高は結核療養で賃金は100%で期間も最高は3年間となっている。しかも一時金にあっては多くの場合支給され、退職金や昇給換算期間も最低でも2分の1となっている(大阪府の場合)。

「労働の中断」としてあげられているものとしては病気、結核療養、公務災害、刑事休職、私事都合の欠勤、地公法に基づく処分などのケースがあるが、こうした様々な「労働の中断」の事由と比較して「育児」による「労働の中断」が低い水準におかれる理由は見いだしがたい。「育児要求」(保育所、親族による保育、育児休暇)のなかでの狭い比較でなく、労働者全体の「様々な労働の中断」と、そして「育児」のもつ社会的責任、さらには「はたらく権利としての社会参加」の点での賃金要求の水準を論議すべきと考える。

社会保険料免除の要求について

次に「所得保障」の一部として、労働者の負担となっている社会保険料を含めるという考え方が最近浮上してきており、育児休業中の社会保険料免除という要求にあらわれている、これは社会保険料が免除されれば「所得保障」は100分の60より低くて良いとするものである。理論上の問題として、こうした要求の立て方が労働組合運動に今日まで存在していたのだろうか。これは使用者が労働者に賃金を支払い、労働者はそこから社会保険料を納付するというシステムからいえば、結局のところ使用者責任を免罪する要求であるといえないか。

また、社会保険料の免除要求が労働者・労働組合の要求として正当性をもつのかという点である。

年金や健康保険料の「免除」が年金の給付額にどう影響するかの細部は法案が作成されておらず明らかにされていないが、今日までの制度では年金についていえば「免除期間」は年金額の算定から3分の1が除算されている。「財源」の問題からしても「数がすくないから」ということでは解消されるものではなく、労働者の負担軽減は「免除」ではなく、使用者と労働者の負担割合を現行の5対5を「7対3」にする要求や国庫負担の増などの全労働者課題として取り組むべきであると考える。

【4】 労働者負担と雇用保険法にもとづく給付について

冒頭にあげた婦人少年問題審議会の「建議」は、まず使用者責任を免罪し、行政事情や育児休業が任意的、選択的であることを挙げて雇用保険制度の枠組みで行うことを妥当だとしている。

ちなみに雇用保険には、労働者負担のある失業給付と労働者負担のない雇用安定事業などの施策に分かれている。

「失業」した場合の「労働者の生活の安定」や「求職活動の促進」を目的とする雇用保険法からするならば、今回の「建議」や「中央職業安定審議会報告」の内容は現行の雇用保険法に「身分が確保されている」育児休業取得者を「むりやり押し込んだ」だけでなく、今後の労働者の賃金闘争や、社会保障闘争に重大な影響を与えるものといえる。

さらに、雇用保険法の適用されない公務員労働者と民間労働者との新たな分断策といわざるを得ない。さらに婦人少年問題審議会の労働者委員である「連合」は、育児休業法の制定の際には労働者負担による基金制度で60%の「育児休業手当金」の支給を主張していた。

ところが自らの主張である60%の「育児休業手当金」の主張をかなぐり捨て、労働者負担がある雇用保険の「失業給付」のなかでの「育児休業給付」を押しすすめ、「経済援助」にのめり込んでいった「連合」の姿勢は、要求を低めて限りなく資本に迎合していく「連合」の本質が、育児休業制度においても暴露されたことを物語っている。

【5】 今後予想される家族・看護体暇の法制化とのかかわりについて

自治大臣は2月21日に地法公務員共済審議会に地方公務員共済組合法の「改正案」を諮問した。その内容の1つに育児休業中の共済掛け金の免除規定がある。

また一方で、人事院が雇用保険法を適用されない国家公務員の取り扱いについて、「民間準拠」をたてまえに国家公務員労働者にたいする「経済援助」の方向として、中央職業安定審議会の報告と同程度の「経済援助」をすべきとの考えを明らかにしたと報じられ、国家公務員共済からの給付の方法があるともいっている。しかし、人事院が、公務員の育児休業法に3職種の女子のみという分断策で明記している「育児休業給」の拡充を打ち出していないところに重大な意味がある。

人事院は1993年の人事院勧告(8月3日)で「介護休暇の必要性」を打ち出したものの、併せて無給をも勧告しており、公務員制度のなかに無給の「休暇」という新たな概念を持ち込んできた(これまで国家公務員の労働条件の規定である人事院規則では休暇は有給を前提としてきた)。こうした動きをみれば、育児休業中の「経済援助」は、家族看護休暇制度にも大きな影響を与えることは必至である。地方公務員の場合、多くの自治体で家族看護欠勤制度を実現させ、地方公務員共済の法定給付である休業手当金での給与の60%の給付が行われている。

しかし、今回の育児休業中の「経済援助」によって、雇用保険の適用されない公務員の場合、民間の健康保険に相当する「共済短期からの給付」として、育児休業は25%、「介護休暇」は50%(国家公務員共済)となれば、それは低位水準化への攻撃としての重大な意味をもっているといえる。

【6】 いまこそ「労働の中断」における所得保障のあり方の徹底した論議を

このように「育児休業中の経済援助問題」については、自民党よりも悪政を強行する「連立内閣」と、各種審議会に「労働者代表として唯一参加している『連合』」との共同歩調によって、「あっという間」に「経済的援助」という休業給付が強行されようとしているのである。

今こそ労働者・労働組合には、「労働の中断における賃金要求」と「社会保障」要求のあり方について、徹底した討論と政策的整理が求められているのではなかろうか。

(なかい たづこ・大阪自治労連副委員長)

1994年6月
大東市職労大会 あいさつ

大阪自治労連執行委員会を代表して一言連帯のご挨拶をもうしあげます。

定形句になりますが、いままさに重大な政治情勢の下で開催された本定期大会の任務は大変大きなものがあると考えています。

それは、歴代自民党内閣が3回も試みてはたせなかった小選挙区制をあの細川連立内閣が今国会で強行しようとしていることです。

小選挙区制が民意を反映せず、第1党にとって有利な制度であることは過去のたたかいでも明らかにされてきたところです。しかし、今回の小選挙区制は並立性というオブラートをかぶせながら、政党助成や3%条項など民主主義の根底を覆す憲法違反の内容が目白押しなのも大きな特徴であり、憲法改悪を狙っている勢力が憲法違反の「政治改革4法案」を強行しようとしているところに今回の小選挙区制導入の本質があるといえます。

憲法前文では「日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」とあります。また、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使する」としています。そして、43条では両議員は全国民を代表する選挙で代表された議員で組織する」とあります。

第1党に有利であって大多数の国民の民意が切り捨てる小選挙区制が正当に選挙され、全国民を代表しているといえるでしょうか。

さらに憲法は19条で思想、良心の自由、21条で結社の自由をかかげ、14条では国民はすべて法の下に平等であって人種や信条によって政治的関係において差別されないとしています。そして第44条では議員、選挙人の資格として財産または収入によって差別してはならないとしています。政党助成や3%条項、さらには供託金が小選挙区で300万円、比例代表にあっては600万円への引き上げなどまさに憲法違反をあげればきりがありません。

憲法制定当時、文部省がが『あたらしい憲法のはなし』というパンフレットをだしています。それには「政党」という1章が設けてあり、『政党というのは国を治めてゆくことについて、おなじ意見をもっている人があつまってこしらえた団体である。政党は、国会の議員だけでこしらえているものではありません。政党から出ている議員は政党をこしらえている人の一部だけです。ですから1つの政党があるということは、国の中に、それと同じ意見をもった人が相当大勢いるということになるのです。政党には国をおさめてゆくについてのきまった意見があって、これを国民にしらせます。国民の意見は人によってずいぶん違いますが、大きく分けてみると、この政党の意見のどれかになるのです。つまり政党は、国民全体が国を治めてゆくについてもっている意見を、大きく色分けしたものといってもよいのです。民主的に国を治めてゆくには、国民全体が、みんな意見を話し合ってきめてゆかなければなりません。政党がおたがいに国のことを議論しあうのはこのためです』といっています。全体や決まったという言葉がひらがなになっているので小学生向けだと思いますが大変示唆にとんだものだと考えます。これは結社の自由、政党の在り方まで言及しているのですから、一昨日の国会討論で、共産党の東中議員の質問に連立与党の社会党、公明党、民社党の委員長、元委員長がこれまでの公約、主張を変えたことの追及に対しての答弁が報道されていますが、選挙公約やまさに国を治めてていく基本の選挙制度について、節操もなく大臣の椅子と引き換えに180度転換するという事態が今の細川連立内閣の本質だといえます。ですから、小選挙区制についていえば今の国会の構成そのものが民意を反映したものになっていません。

引用が長くなりましたが、小選挙区制は国を治めてる基本の重要な政治課題であり、政治的たたかいです、過去のたたかいの歴史でも明らかなように、政治闘争は経済闘争と違いやり直しがききません。一度強行されれば元にもどすには力も時間も図りしれません。確定や一時金など重要な課題も控えていますが、細川内閣は10月末にも4法案の衆議院通過をねらっています。憲法12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と国民によびかけています。

翼賛国会、そして翼賛マスコミの呈をなしている現状であり、小選挙区制に反対している政党は国会では共産党だけですが、国民の政治改革への要求は金権政治の根絶であり、企業団体献金の廃止であることは世論調査でもあきらかです。この国民の声を大きなたたかいに組織していくことがいまもとめられています。全労連が自治労連がそして大東市職労がその中心的役割をはたさなければなりません。大阪自治労連も闘争本部を設置し、小選挙区制粉砕に全力をあげたたかっています。革新自治体建設で重要な教訓と成果をかちとられた大東市職労のみなさんが小選挙区制や当面している確定、一時金、年金闘争において大阪自治労連で牽引車としての役割をはたしていただけることを期待し挨拶とします。

1994年1〜3月
昇任問題支部ニュース 
適正評価の秘密主義
今年こそ民主的で明朗な昇任の実現をめざして

−94年度の技術系職員の昇任問題シリーズ開始にあたって−

土建支部は昨年5回にわたって「昇任問題を斬る」のシリーズを支部ニュースに掲載してきました。
府職労は昨年11月12日に人事委員会に対し要請書を、12月13日には府当局に対して昇任問題に関する要求書を提出してきました。支部も12月2日に「民主的行政の運営と職員が意欲をもって土木・建築・企業局行政を遂行できるよう技術系職員の昇任における格差を解消し、民主的基準により昇任を実施を求める申し入れ書」を3部局に提出してきました。
ここでの基本は昇任における7つの格差を解消するには、ポスト増=一定年令、一定基準での昇任が不可欠だとの考えを前面に打ち出したことです。今年はこうした角度から土建支部エリアにおける技術系職員の昇任についての問題点と現状をシリーズで明らかにしていくこととします。

シリーズ1 他府県に見るポスト増の努力と工夫

団塊の世代対策は大阪府に限らず、全国の都道府県でも抱えている課題です。他府県における技術系職員の処遇がどのように実施されているかをさぐって見ました。

【副技幹、技術専門員、主任主査、部付、課付など様々な処遇でポスト増をおこなっている現状】

全国的にみれば課長−課長代理−係長というラインに加え、主幹−主査というスタッフでのポスト増の手法に変わりはないものの、大阪府のように主幹−主査にとどまらない努力と工夫が多くの県でなされているのが実態です。
(表-1)各県におけるポスト増の現状

【建築技術者では40才以上の一般職員がいない県が大勢】

各県毎の建築技術者の一般職員(役付きでないもの)の最高年令を調べてみたのが表−2です。(日本住宅協会発行の全国官公庁建築技術者名簿から)
(表-2)全国主要都道府県の一般職員の最高年齢

これによると1955年(昭和30年)前後の生まれ最年長という結果がでています。

シリーズ2 昇任格差と賃金格差のダブル格差で賃金水準が大きく低下

【公務員の賃金制度の変遷】

公務員の賃金は、スト権剥奪=人勧制度の下で労働者全体の低賃金構造を支える機能をもち、スト権剥奪以降47年間様々な低賃金・分断政策がとられてきました。

〈通し号俸と生活給の重視〉
1957年(昭和32年)までは、「通し号俸制」といわれる賃金体系のもと、いわゆる「職務・職階給」の形でない給与制度を確保し、生活給を基本としたベースアップを勝ち取っていきました。

〈8等級制の導入で職務・職階給を強化―しかし、ワタリで一定の賃金格差是正を容認させる―〉
ところが、職員の管理強化をねらいとした政府は、人事院勧告で「給与制度の全面見直し」を打ち出し、1957年「職務・職階給強化」の8等級制の導入をはかりました。
自治省も地方財政危機をテコに国と同様の改定を自治体に「指導」しました。
しかし、自治体労働者の強い反対闘争で自治省は「国に準じた給料表を使用する条件として、等級への格付運用の幅を認める」という、いわゆる〃ワタリ〃を認めざるをえませんでした。

〈臨調・行革でさらなる職務・職階給の強化へ―11級制の導入で“ワタリ”効果の削減へ―〉
80年代に入り、第2臨調が設置され「地方行革大綱」で「公務員の給与の適正化としてワタリ、昇給短縮の是正措置、退職金の是正など公務員の人事管理、給与制度にも大きく踏み込んできました。それに呼応して85年人勧では、11級制導入を中心とする職務・職階給の強化を勧告しました。この11級制は上位級への格付(昇格)のハードルを増やすもので、格差拡大、職員の分断、支配体制強化の武器として使われたのです。
大阪府においても、一般職(役付きでない職員)が8等級制の下では42〜45才で4等級へわたれた者が11級制の導入により、4等級に相当する7級へは55才でしかわたれないという実態になってきています。(表−1)

(表-1)上位の級への格付け基準
    一般職の格付け年齢(標準比較)

〈一時金の傾斜配分でさらなる格差の拡大が〉
給与の面で低い水準におかれただけでなく、90年の人勧では一時金に格差を持ち込む、傾斜配分が導入され、一般職では48才にならないと10%の加算が受けられないという新たな分断策が持ち込まれました。

【10年前とくらべて見れば】

こうした格差・分断策は、一般職の給与水準を引き下げる結果として現れています。
職務・職階給の強化は人事管理と結びつき、昇任されないと賃金が上がらないという仕組みとして管理体制=もの言わぬ公務員づくりとして機能しています。(表−3)
(表-3)1982年と1992年での賃金水準比較

〈40才から格差が拡大−15年間で600万円もの格差が−〉
10年前の賃金水準を現行給料表におき直して比べて見たのが(表−2)です。
昇任問題の1つの側面である賃金要求=生活向上の切実さがここにあるわけです。

(表-2)標準到達ラインと基本給比較


 

国際化を標榜する大阪府がひざ元でのひどい男女格差解消に手をつけず

大阪府はこの間“国際化”を施策の中心的スローガンに据えています。これは時代の流れであり、重要な課題です。
しかし、空港建設だけが国際化でないことも明らかです。1975年の国際婦人年とそれにつづく国連婦人の十年、そしてナイロビ将来戦略と、男女平等−女性の地位向上は世界の命題となっています。

【男女差別は社会的損失−男女同率をめざし2000年までに30%の登用を】

国連の婦人の地位委員会は「真の意味の男女平等が達成されなければ経済的、社会的開発の遅れ、人的資源の誤用、社会全体の進歩の後退につながり、社会へのつけは高価なものになる」と警告しています。
そして“女性2000年への挑戦”でナイロビ将来戦略の実施にあたって「将来は男性との同率達成をめざし、2000年までに公的企業と私企業での指導的役職に就く女性の数を少なくとも30%に増やす」ことを指示しています。

【25%の登用は大阪府が自ら定めた数値】

大阪府は「男女協働社会をめざす大阪府第3期行動計画」――男と女のジャンププランで審議会等の構成員の女性比率を1995年までに25%の達成を掲げています。世界行動計画の趣旨からいえば大阪府職員においても達成すべき数値であることは明らかです。
大阪府には多くの職種が存在しますが、女性が存在する職種34職種のうち役職比率が25%を上回っているのは3職種にすぎず、それも十数年間採用がないとか女性が3人しか在職しないなど年齢構成がいびつな職種のみです。このように総てと言っていいほど女性の役職比率は25%に達していません。
「ジャンプ・プラン」の達成年次を来年に控え“団塊の世代対策”と同様に“女性の参画”対策が大阪府の責務であることは明らかです。

【女性だけの職種や女性比率の高い職種での「男女格差」と混合職種での男女格差の現状】

男女格差とは、男性と女性の相対的比較が一般的なものです。
ところが「ピンク・ゲットー」といわれる、女性だけの職種や圧倒的に女性の多い職種にあっても女性の地位が極端に低くおかれているのが大阪府の昇任における現状です。
表−1は、女性の比率の高い職種における役職比率を表したものです。
表2はそれを「試験制度」のある一般行政職との比較をグラフにしたものです。
この極端な格差こそ是正されるべき課題です。

【到達職階のしくみ】

もう1つの格差は女性の「到達職階」の低さとその人数です。(表−1)
到達職階が低く、またその人数が少ないほど、役職比率が低くなるというのが大阪府の「ポスト論」の構図なのです。
1975年には初級行政職採用の男女区分が撤廃され、「参加」はある程度是正されましたが、「政策決定への参画」は役職比率が示すようにまだまだ問題が残されており、女性の政策決定への参画が急務となっています。

1993年9月
第3回全国地方自治研究集会レポート

 大阪府における技術系職員(建築職)の昇任差別の実態と民主的昇格をもとめるたたかい

財界の利益を優先する岸・中川府政のもと大阪府の建設行政は関西新空港の建設新庁舎の建設をはじめとした大型プロジェクトが推進され住宅・一般建築行政がなおざりにされる傾向がつよまっており、住民本位の建築・住宅行政の縮小、民活路線による出向職員の増大など、建築職をとりまく環境は大きく変化し、団塊の世代が40代半ばに達するなかで民主的昇任の実現はは組合員・職員にとって切実な要求となってきている。

土建支部は(土木部本庁、建築部、企業局)をかかえる組織であり土建支部エリアにおける職員数は約1300名そのうち800名が技術系職員でありその職種は10をこえているが、建築職は約400名となっている。

【1】府職労がとりくみ当局に認めさせた「7つの格差」

府職労はいわゆる 「7つの格差」を府当局にみとめさせている。
それは(1)同一採用条件下での格差
    (2)採用年度による格差
    (3)学歴による格差
    (4)職種間の格差
    (5)部局間、本庁、出先の格差
    (6)男女の格差
    (7)組合活動家に対する差別

そのなかでも土建支部でとりわけ顕著になっているのが(1)職種間格差と(2)部局間格差(3)男女間格差(4)組合活動家にたいする差別である。同時にこれらが複合的にあらわれ極端な格差となっている事例が多く存在する。
「格差」=(差別)は当局の人事・労務管理の結果であり基本的には職場や行政の民主化なくしては解決できない課題である。
しかし、現状の差別撤廃の粘り強いたたかいなくして根本的原因の撤廃につながらないこともまたあきらかである。

【2】大阪府建築部における技術系職員のおかれている実態

1)団塊の世代と臨調・行革

1980年代から始まった臨調・行革は職員定数の削減・抑制をその大きな柱としました。は大阪府における10年間の建築職の採用の状況です。極端な年には初級が0という状況となっています。(図−1)
また、1986年と1990年の建築部における技術系職員(建築・土木・電気・機械職等)の年齢別構成と係長級以上の職階の占める蚊数を示したものです。
ここに端的に現れているのは団塊の世代が多いということだけでなく、それ以降の世代が極端に少なく当局のいうポスト論との関係からも団塊の世代は2重の皺寄せに直面している。(図−2)

2)技術系職員のポスト数の変化

大阪府当局は府職労の昇任・昇格問題にかかる府職労要求に対し「団塊の世代対策として、一般行政職の係長級試験において2類B区分を設け合格者を増加した。技術職においても同様の趣旨で昇任管理を行っている」と回答しています。ところが試験制度のない技術系職員のポスト増要求には、「組織の必要性、能力の実証士気の高揚」などの一般論に終始し、なんら具体策を明らかに出来ずにいる。
技術系職員の昇任問題の土建支部の追及に対し当局は口を開けば「ポストを増やしている」といいます。問題はどの職階でポストが増やされてきたかということです。
団塊の世代といわれる1947年〜1950年生まれの職員採用がほぼ終わった年の1973年と、その人達が40代になった年の1992年との20年を経た時点での建築部における技術系職員の数は、379人から442人と1.17倍になっています。ポスト数は1.64倍と増えてはいますが、その内容は課長級以上で4.12倍、主幹・主査級では1.43倍と極端なものとなっています。(表−1)(図−3)
こうした、実態は団塊の世代の”仕事への意欲を”もたらすものになっていないことは明らかであり、 まさに、技術系職員への具体的対策の実施の当局責任が問われている。

3)ポスト確保に名をかりた市町村への出向と民活路線による外郭団体、第3セクターへの出向の増大

土建支部職場における出向は1988年度で約200名にのぼっており、この10年間増える傾向にある。

これは10年前と比較すると約2倍である。 増加の背景・原因は

(1) 臨調・地方「行革」による定員抑制、民活路線のもとでの外郭団体の増加。そして「肩代わり出向」といわれる府の業務を外郭団体に委託しその業務を執行するために府の職員を出向させるという事態が多く存在している。
(2) 市町村への出向の増加は市町村行政への支配強化につながるおそれもつよい。
(3) 第3セクターへの出向はまさに民活路線の推進そのものである。

こうした行政的背景が「ポスト」の拡大という現象面が強く打ち出されているなかで複雑な問題を内包しているといわざるを得ない。

4)本家主義といわれる前近代的人事管理の実態

府当局も認めている「7つの格差」のなかでも技術系職員にとりわけ顕在化している「部局間、本庁出先間の格差と職種間格差」をつくりだしている要因の一つが『本家主義』といわれる前近代的な人事管理の現実です。
『本家主義』とは職種毎に『本家』といわれる「部局」が存在し、『本家』以外の部局に配属されると「昇任時の評価」で的確な評価をうけられないとか、配置された所属において昇任の所属長推薦があっても、『本家』がそれに「横ヤリ」をいれるといわれているものです。

また、逆に『本家』以外の部局では、異動に際し『本家主義』を逆用し、所属長責任を回避する実態も報告されています。

(1) −ポストもなく本家の目の届かないところで15年以上の実態が−
『本家主義』の弊害は『本家』以外の部局での在職期間の長さが、昇任に大きな不利益をもたらすことです。『本家』以外では1人職種もめずらしくなく、その職種に対応するポストすら存在しません。あっても『本家』部局とは比較にならないくらい少ないのが現状です。
ましてや『本家』部局では3〜5年での異動サイクルが『本家』以外では20年も同じという実態すら存在します。(図−4)
こうした、当局の“イビツ”な人事管理の責任もさることながら、様々な条件に遭遇せざるを得ない技術系職員にとっての「昇任問題」の具体的解決策がとられず、ましてや前近代的『本家主義』のなかで「能力の実証、組織の必要性」ばかりが強調され、職員の「はたらく意欲」は後方に追いやられている府当局の「昇任問題」姿勢こそ改めるべき時期にきています。

【3】土建支部におけるたたかいと成果

土建支部では技術系職員の民主的昇任の実現をめざし、毎年の支部要求で当局の責任を追及し、いくつかの成果をあげてきています。

(1) 支部要求の内容

1992年11月16日

建築部長
原田  明治  殿

大阪府職員労働組合土建支部
支部長 大宮 英雄

民主的行政運営と、職員が意欲をもって
住民本位の土木・建築行政を遂行できるよう
技術職員の昇任における格差を解消し、
民主的昇任の実施をもとめる申し入れ

支部では、毎年支部・分会統一要求書において技術系・専門職員の昇任について、(1)いわゆる7つの格差を是正すること(2)組合への所属、所属組合の違いによる差別をしないこと等の要求をしてきている。これに対し3部局回答では、「組合差別はしていない、指摘の点も考慮する」としながらも、依然として格差は是正されているとはいえない実態である。技術・専門職員に対する、公正で民主的な昇任は、民主的な行政運営にとっては欠かすことのできない問題であり、すべての職員が意欲をもって府民本位の行政を遂行するうえでも重要な課題である。

来年度の昇任選考時期にあたり、下記の項目について誠意をもって実行するよう強く申し入れるものである。

1.組合所属、組合加入・未加入による差別は行わないこと。また、昇任を理由に脱退工作は絶対に行わないことを再確認すること。
2.昇任における「7つの格差」をなくすこと。
3.所属長推薦の基準を明らかにすること。
4.昇任選考にあたっての適正評価基準、経歴評価基準を明らかにすること。
5.枠の拡大など″団塊の世代″に対する特別の対策を講じること。
6.とりわけ、46才以上の技術・専門職員をすべて昇任させること。
 

以上

(2) 支部ニュースによるキャンペーンの実施

昇任問題が具体的に動き出す1月から支部ニュースによるキャンペーンを開始し適性評価、経歴評価における当局の秘密主義をはじめ実態や問題点を明らかにしてきた。