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33年間の発言と退出 - 最新エントリー

1986年9月
女性が働く時
真の男女平等をめざす闘いと自治体職場


(労働運動1986年9月号)

昨年5月、労働基準法の改悪とセットで「機会均等法」が102国会で成立した。そして、今年4月1日の施行を大きな節目に、この1年間、「労基法改悪攻撃を許さず、婦人の労働条件を守る」運動が職場を基礎にとりくまれてきた。

この間のたたかいの経過を見るとき、戦後の公務員労働者のたたかいの到達点と教訓をどういかしきったのか、また、戦後第2の反動攻勢という状況のもとで、公務員労働者にたいする攻撃のねらいや特徴を正しくとらえ、政策的にも組織的にも的確な対応をしてきたのかが問われているのではないだろうか。ここでは、大阪統一労組懇婦人連絡会のなかにおける、地方公務員と自治体労働者のたたかいを中心に、その成果と教訓を明らかにしていきたい。

1952年につぐ労基法の大改悪

今回の労基法改悪が、1952年の改悪につぐ大改悪であることは、労基法の歴史をみても明らかである。
1952年の労基法の改悪が、アメリカの占領政策の全面的転換――反動化攻勢、そしてサンフランシスコ体制という新たな日米関係のもとで強行され、内容も婦人労働者にたいする時間外労働、深夜労働の制限緩和であった。

また、この時期、公務員労働者にたいしてもスト権剥奪からはじまり、国家公務員法改悪(1948年12月)、地方公務員法制定(1950年12月)と攻撃が強められていた。

今回の労基法改悪は、労働大臣の私的諮問機関である労働基準法研究会が1969年9月に設置されて以来、政府・財界が周到な準備のもとにすすめてきたものであり、オイルショック以降強まった資本主義体制の矛盾の深まりを産業構造の再編と労働者への新たな搾取強化でのりきろうとするものである。公務員労働者にたいしても軍拡・臨調路線による「行革」が推しすすめられ、全面的な公務員攻撃が強められてきている。まさに1952年当時と多くの点でにかよった状況にあるといえるのではないだろうか。

公務員制度の改悪と一体の攻撃

人事院は、労働省の労基法改悪の動きをにらみながら、1981年3月、「女子職員の健康安全管理基準研究会」を発足させ、1984年に「均等法案」が国会に提出された直後の5月26日、「女子職員の健康安全管理基準研究会報告」を発表し、人事院規則10−7(女子職員及び年少職員の健康、安全及び福祉)を大幅に改悪する方向を示した。

他方で人事院は、1983年8月5日の人事院勧告で「人事行政改善の諸施策」として公務員制度全般にわたる改悪に手をつけることを明らかにした。
1984年5月、人事院が公務員共闘に説明した「人事行政施策の改定作業の概要」のなかにおいて、「女子保護規定にもとづく休暇等については、国公法上の職務専念義務免除として、特別休暇からはずす」(口頭説明)と、公務員制度改悪のなかで、一気に婦人労働者の権利縮小をねらっていることを明らかにした。

そして、「均等法案」成立後の1985年8月の人事院勧告では、公務員制度改悪――給与体系の改悪、休暇の法規制の具体的内容を打ちだした。
このように、人事院の動きをつぶさに見るならば、公務員労働者にたいし、労基法改悪攻撃による人事院規則10−7の改悪と、公務員制度攻悪による女子保護規定にもとづく休暇の見直し攻撃が一体となってかけられてきたと見るべきではないだろうか。

大阪統一労組懇婦人連絡会は、1985年10月に開催した第2回総会において、「公務員制度改悪反対と、労基法改悪攻撃による人事院規則10−7改悪反対を統一的にとりくむ」とし、その後の運動スローガンも「人事院規則10−7改悪反対」にとどまらず「人事院規則10−7を中心とした人事院規則改悪反対」をかかげ、とりくんだ。
こうした動きを経て、1985年12月20日、103国会最終日に「国家公務員の一般職員の給与等に関する法律」の改定が可決成立し(改定前は「一般職員の給与に関する法律」といい、等という名称がついたのは休暇制度が含まれた)、生理休暇が特別休暇から除外された。

翌21日にこの法律を受け、人事院は、人事院規則15−6(休暇)を廃止し、人事院規則15−11(職員の休暇)を制定し、公布した。 
この事態はその後の国家公務員の「生理休暇問題」のたたかいに大きな制約を与えたことは否めない。

公務員法と労働基準法

公務員と一口にいっても、労働条件決定の機構は、スト権はく奪による経緯から、法制度上にも差異がある。
労働基準法の適用関係も、国家公務員と地方公務員、地方公務員であっても地方公営企業の職員、一般職員、現業職員とでの違いも存在している。

地方公務員法24条では、職員の給与、勤務時間、その他の勤務条件について次のように定めている。
第24条6 職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。
しかし、自治体労働運動の到達は、「条例主義」におちいることなく、労使の交渉を基本に労働条件を決定させ、労使の合意なしに一方的に条例を制定させないことを全国的にも勝ちとってきている。

ところが一方では、軍拡・「臨調」路線が推しすすめられ、人勧の凍結、値切りといった不当な攻撃が相つぎ、給与の「国並み」改定が続くなか、人事院規則という国家公務員の勤務条件を定める規定が地方公務員の労働条件を決定づけるかの風潮があったのも1つの現実ではあった。

こうした状況のなかで、自治体労働者は「臨調」地方行革の攻撃のもと、「人事院規則の影響はあっても拘束されるものでない」との立場を明確にしたたたかいをすすめてきた。

労働条件の維持、向上をこそ

さきにも述べたように、自治体に働く労働者のなかでも、
(1) 労働協約を締結し、就業規則等によって労働条件が定められるもの 
(2) 勤務時間や休暇は条例、規則に定めがあるが、他の勤務条件は労基法の定めによるもの(そのなかでも36協定など労基法の条項を活用し残業制限を勝ちとっている職場もある)
など様ぎまな形態が、たたかいの到達として存在している。

これは法制度上の定めとともに、個々の自治体職場でのたたかいの積み重ねによるものである。
私たちはこうした状況のうえにたって、労基法1条2項(この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとよりその向上に努めなければならない)の理念にもとづき、労基法改悪攻撃――条例改悪を許さないたたかいを徹底して展開し、条例や就業規則の改悪を許さなかった。この労基法の民主的条項に確信がもてず、受け身にたったところでは、議会による条例の一方的改悪が強行された自治体もあった。

私たちは、条例改悪をおこなわせないだけでなく、条例に定めのない部分――時間外・深夜・休日労働について、労基法適用の名のもとに労働条件を低下させないとりくみもおこなった。この部分においても、労基法1条2項とともに、労働条件の変更は労使交渉によるという今日までのたたかいの成果を堅持し、「法定至上主義」におちいらず運動をすることがもとめられた場面であった。

ところが自治労は「労基法の改正に伴う改正等について当局が一方的に行うことなく必ず組合との確認をすること」としながらも、「指揮命令者や専門的業務の種類は法の範囲にとどめさせ一方的に拡大させないこと」(1986年7月81日、第3回婦人部長会議議案書)と労基法改悪攻撃を許さず既得権を擁護していくことを前面にたてた方針ではなく、法より悪くさせない法定内闘争におちいっていることは明らかであった。

また、妊産婦の夜勤禁止という労基法の改正部分についても、労基法上の「本人の申し出」を根拠とし、「申し出は簡単なものとするよう、その様式を早急に確認すること」という方針にとどまっている。

労基法改悪攻撃を許さず、労働条件の維持・向上をめざしてたたかった多くの自治体職場では、妊産婦の夜勤禁止も制度として禁止させる方向を勝ちとっているなかでは、自治労方針の不十分さが際だって目立ってきている。

労働団体の弱点と資本のしたたかさ

労働省は1985年10月31日、省令・指針の要綱案を発表し、12月12、13日、それぞれ東京と大阪において公聴会を開催した。
大阪では労働側3人(総評、同盟、電機労連)、使用者側3人、公益側2人の計8人が公述人として意見を述べた。

公述内容は使用者3人が(1)「均等法」には反対であったが法ができた以上守らなければならないが、法を遵守することの困難性を強調、(2)労基法の保護規定の緩和がまだまだなまぬるい、(3)就業規則、労働協約の改定にあたって労基法1条2項に抵触しないことを労働省として行政指導するよう要請するなど、資本のしたたかさと執拗なまでの搾取強化の姿勢をあらわにした。

それにひきかえ、労働側は総評が「いままで反対してきており要綱案にも反対」としたものの、婦人労働者の職場実態から不当性を明らかにし、使用者側意見に論戦をいどむ姿勢はまったく見うけられなかった。

同盟、電機労連にいたっては、それぞれ「今回の改定をわれわれは労基法改悪ととらえていない」「総論賛成、各論反対」の立場を明らかにした。公益2人は「妥当な内容である」「もろ手をあげて賛成」といいきった。
このように、大阪での公聴会の内容は、労・使・公とも、「均等法」「労基法」のたたかいにたいするしめくくりの場として、それぞれが総括的な意見を表明したという点で、重要な意味をもっていたといえる。

とくに、総評の「労働4団体が足並みをそろえてたたかったことが成果である」とする総括が「改悪ととらえない」同盟と「総論賛成、各論反対」の中立労連と政策的にどこで足並みをそろえたのかがいっそう明確になったといえるのではないか。

いま運動に問われているのは何か

今回のたたかいでの教訓の1つは、戦後の労働運動――自治体労働運動のなかでたたかいとってきた様ざまな権利や労働条件がどのようなたたかいと、どのような政策的位置づけをもって確立してきたのかを、今一度全組合員のものにしなければならない子とである。
高度成長期のような到達闘争――追いつき、追い越せ方式ではなく、自らの職場と労働者に立脚し、それぞれの運動の歴史を踏まえたたたかいが求められているのではないだろうか。そのためにも、婦人部役員自らが学習し、自らの組織のたたかいの歴史に学ぶと同時に、政策的力量を高め、理論武装が求められているのではないだろうか。

同時に、制度的改悪にたいする全国統一闘争と個別自治体闘争の有機的結合をどのようにすすめていくのかが、今回の公務員労働者のたたかいではとりわけ問われていたのではないだろうか。

政府・財界の分断攻撃が強まるなか、労働者が団結してたたかうことは重要な課題である。
しかし、総評、公務員共闘、自治労が労働者の要求に応えず、その機能が低下しているもとで、私たちたたかう労働者は、政策的にも組織的にもその優位性を発揮しなければならず、上部の方針待ちでは情勢に的確に対応できないほど資本の攻撃は強まってきている。

私たちは、今回の「均等法」成立後のこの1年をこえるたたかいで、全国闘争というかくれミノがないなかで、自らの政策的・組織的力量が問われるたたかいを経験してきた。

このことを今後のたたかいにどう活かしきれるか、労働法制の全面改悪をひかえ、自治体労働運動の大きな課題となっているのではないだろうか。

(なかい たづこ・大阪府職労婦人部副部長)

1985年3月
国際婦人年10年
特集/変貌する婦人労働者の状態と闘い 要求は行動のなかで確信に


(労働運動1985年3月号)

【はじめに】

国連婦人の10年最終年をむかえ、労働組合婦人部活動の分野においてもこの10年間の運動の到達と今後の課題を明らかにすることが――たとえば大きな前進を示した労基法、雇用平等法を中心にしたたたかいについても、――必要なのではないでしょうか。

この10年間の婦人労働者のたたかいが、(1)オイルショックからはじまった高度経済成長の破綻、(2)低成長下での利潤拡大をめざした「合理化」、OA・ME化の進行、(3)日米安保体制強化の下での軍拡臨調路線の進行、(4)春闘10連敗と労働戦線の右翼再編が進行する下で婦人労働者の増大と状態の変化など(別掲 山田論文)と深くかかわりながらも、「平等・発展・平和」をかかげた国連婦人の10年のなかでの活動であったことが重要な意味をもっていたと考えます。

ここではこうした状況を背景として生れた大阪統一労組懇婦人連絡会のとりくみと、自治体にはたらく婦人の全国交流集会の経過にふれながら、全国的課題やたたかいにたいする地域・産業別闘争のあり方、運動のなかで個々のたたかいや要求がどのように前進してきたかを明らかにしていきたいと考えます。

【あらたな地域闘争と民主的・階級的産業別運動の強化】

大阪統一労組懇婦人代表者会議の発足

大阪統一労組懇代表者会議は、1976年の8月全国に先がけて統一労組懇運動における婦人労働者の運動推進の場として発足しました。

この時期婦人労働者の要求は様ざまな形で発展してきており、たとえば育児休暇要求も育児休業法の制定をうけてたたかいも新たな段階(自治体職場では条例化のたたかい、育児休業法の不十分な部分の改正要求など)に入りました。

また、一方では、1971年の大阪府知事選挙では社共が統一し、大阪地評婦人協議会も民主化がすすむなかで1972年には、はたらく婦人の大阪集会が7年ぶりに統一するなど地評婦人協が婦人労働者のたたかいで、ローカルセンターとして一定の役割を果たしつつありました。

しかし、1975年の知事選挙で革新統一から社会党が脱落し、地評もそれに追随しました。さらに地評は婦人協役員選出に介入し、婦人協の革新統一を指向する方向を否定するなど、地評婦人協も大阪の婦人労働者の期待に応える状況ではありませんでした。
全国的にも既存のナショナルセンターが指導する春闘が75年、76年と連敗し、春闘10連敗のドロ沼に入りこんでいった時期でもあったわけです。

こうしたなかで大阪統一労組懇婦人代表者会議は、大阪の婦人労働者の期待に応えるものとして第一歩を踏みだしました。
婦人代表者会議発足後はじめての77年春闘のとりくみは、2月1日に政府がやっと発表した「婦人の十年国内行動計画」にたいする運動課題と結合させたものとなり、2月11日には100名を超える参加で「77春闘勝利、統一戦線促進、婦人の権利拡大」――婦人労働講座」(国内行動計画、婦人の賃金、母性保護の3つの課題)を成功させました。

この講座には統一労組懇加盟以外の労組、とりわけ民間の参加が数多く、画期的なとりくみとなりました。
78年の春闘学習会は3回の連続開催となり、参加者も200名を超えるものとなりました。

この2年間の学習活動のとりくみを基礎に、1978年11月にだされた「労働基準法研究会――女子関係報告」にたいしても、婦人代表者会議は「労基研報告に対する医学的反論」を小冊子にまとめ、79春闘では職場での学習会活動を重視し、80春闘では「労基法改悪反対、真の男女平等法制定」のワッペン2万、ステッカー1万を作成し、宣伝行動を重視してきました。

こうした統一労組懇運動がすすむなかで、80年6月には民法協、労働組合、婦人団体の参加による「労働基準法の改悪に反対し、真の男女平等法制定をめざす大阪連絡会」への結成と運動も発展していきます。

連絡会としての“はたらく婦人の悩み110番”活動、大阪統一労組懇代表者会議独自での81年の「労働基準法改憲阻止、はたらく婦人の権利と地位の向上を要求する請願署名」のとりくみ(5万名を集約)などを展開してきました。

このように全国的な運動の提起がなされていないなかにあっても、労働組合運動の右傾化がすすむなかで、階級的・民主的な運動の提起は婦人労働者のなかで大きく広がる条件をもっていることを明らかにしました。

同時に、婦人労働者の要求に応えて、組織された部分が何をなすべきかで、模索しながらも行動していく「上まちにならない気がまえ」をつくりあげていくことができました。

そして“はたらく婦人の悩み110番”活動も相談内容のほとんどがパートの実態であったことから、小冊子の発行、宣伝をつよめるなかで、全国に先がけて労働省がパート・バンクを設置するなど具体的に行政をうごかす力にもあらわれました。

大阪統一労組懇婦人代表者会議(81年2月に婦人連絡会に名称変更)10年間の前半は、大阪独自で運動をするという模索の段階であったものの、この間の活動はその後の統一労組懇婦人連絡会の発足のなかでの全国的なたたかいに大きく実をむすんでいく貴重な活動となりました。

【自治体にはたらく婦人の全国交流集会の足どり】

自治体にはたらく婦人の全国交流集会は今年も6月22日(全体会は長崎市)、23日(分科会時香焼町)での開催を決定しています。
1980年8月に第1回を開催し、5周年をむかえることになりました。

全国交流集会は、労働戦線の右翼再編論議がすすみ、自治労が産別機能を喪失してきており婦人労働者の切実な要求の実現や新たな要求(家族看護休暇、扶養認定の男女差別解消など)にたいする政策提起もされないなど有効な産業別闘争を組織しでおらず、階級的・民主的な産業別労働組合運動の確立が婦人労働者の立場からも必要になっていました。

そして1979年に国連で採択された「婦人にたいするあらゆる形態の差別撤廃条約」も中間年のコペンハーゲン会議での署名式での日本政府の態度をめぐって関心も高まってきていました。
婦人の声におされて日本政府もしぶしぶ署名するなかで、「差別撤廃条約の早期完全批准」――雇用平等法制定の課題も婦人労働者のなかに浸透していきはじめた時期でもありました。

全国交流集会はこうした情勢をうけて、男女平等と労働戦線問題の課題をつねに集会のなかに位置づけてとりくまれてきました。

第1回は実行委員会形式で開催されましたが、その場で自治体懇(ナショナルセンター問題を考える自治体関係懇談会)婦人部会が発足し、年1回の交流集会にとどまらない体制が確立したこともその後の活動に大きな影響を与えました。
交流集会は第1回の400名参加から毎年増え第4回の横浜集会、第5回の岩手集会では500名を超える規模となってきました。

また第3回愛媛集会からは地元実行委員会が結成される方式となり、開催地における準備活動のなかで婦人部運動が前進をするという大きな成果も生まれてきています。
交流集会は年1回の全国的な交流、学習の場にとどまらず、第3回集会の討論を基礎に「家族看護休暇要求の到達点とたたかいの方向」「扶養認定の男女差別解消のたたかいの方向」を明らかにし、全国的な運動をひろげていきました。

1983年1月8日には「労基法改悪阻止、実効ある雇用平等法制定をめざした討論集会」を開催し、
(1) 労基法改悪反対闘争は、改悪反対を明確にし、あわせて自治体労働者の職場実態から、深夜業、危険有害業務についても新たな規制をおこなわせるなどの積極的な改正要求を組織する。
(2) 実効ある雇用平等法制定にむけて、職場に現存する男女差別をなくすため、どんな規制や整備が必婁なのかの基本や原則を明らかにする。
(3) 未組織労働者や地域の婦人と共同してたたかいをすすめていく。
とする3つの観点を確認しました。

そして1983年の横浜集会では実効ある男女平等法制定のための私たちの統一要求(5項目)を確認しました。

こうした活動は全国の自治体にはたらく婦人労働者をはげまし、家族看護休暇要求の前進、労基法改悪反対・実効ある男女雇用平等法制定のたたかいの広がりに大きな力を発揮していきました。

国連婦人の10年の中間年に発足した自治体にはたらく婦人の全国交流集会の5年間の足どりは、要求前進やたたかいの発展にむけて個々の職場での徹底した要求討議と職場を基礎にした生産点でのたたかいと、全国的に連鎖していく到達闘争での果たす役割、さらには制度的要求のたたかいでの全国統一闘争の重要性をあらためて、実践的に明らかにしてきたのではないでしょうか。

【労基法改悪反対と実効ある雇用平等法制定の闘い】

2つの分野での活動の経過は、1地域、1産業のたたかいが全国的な統一闘争との結合でより大きく前進していくことを明らかにしました。
こうしたたたかいに婦人の民主的エネルギーをどう引き出してきたのかが重要だと考えます。

「合理化」をはじめとしたさまざまな攻撃が具体的、直接的にあらわれる生産点――職場でのたたかいと関連なしに、婦人のたたかうエネルギーは結集できないし、運動の発展もありえません。
職場での日常的な婦人の要求と労基法改悪反対、実効ある雇用平等法の制定という2つの制度課題との犂″をどううめることができたのかが問われるところです。

1979年に発足した統一労組懇婦人連絡会が1982年の4・3中央行動をきっかけに地方婦人連絡会への結成となり、1984年の4・14中央総決起集会、101国会では既存のナショナルセンターを上回るとりくみを展開できたことは、地域、産業別での全国統一闘争の有機的結合(方針提起だけでないお互いの還流)の前進であったと考えます。

政府・財界の攻撃がつよまるなかでこうしたたたかいの経験をさらに発展させることなしに私たちの要求の前進がありえないことは明らかです。
そうした点から見るならば、統一労組懇婦人連絡会を中心とした私たちのこの間のたたかいが、これまでの狎策的優位爐ら、組織、実践面においてもその優位性を発揮できたことに確信をもつぺきでしょう。

あわせて、組織的にも実践的にもさらに運動を発展させるには何が必要かを、それぞれが考え、行動していくことがもとめられているのではないでしょうか。

大阪統一労組懇婦人連絡会は」101国会終了後の8月から、地域宣伝、団体申し入れ、団地作戦など多様な行動を展開し、年内に20万近い署名を集約し、1985年に入り、1月から毎週火曜日と金曜日、府下十数ヵ所の主要ターミナルで請願署名を刷り込んだ料金受取人払いのハガキ形式のビラ配布行動を展開しています。

これも2年間のビラまき、街頭署名などの活動をやってきたなかで、寒い冬の時期1番有効な宣伝・署名活動をというなかで婦人の創意が生みだした行動です。
いま、大阪では、“101国会を上回る取り組みを”をスローガンに活動をすすめています。

【10年間の運動の教訓から今後の運動課題】

「このチャンスをのがせば法制定の機運をのがす」という声が聞かれます。

これは、政府の「機会均等法案」が労基法改悪とセットとなっている点、その労基法改悪が、政府・財界の労働基準法の全面改悪や労働者派遣事業を大幅に緩和、容認しようとする職業安定法の改悪、さらには無資格者の導入をねらいとする看護制度の改悪と結びついており、労働法制への全面的改悪への突破口であることをあまりにも軽視し、婦人労働者の実態を無視している点で批判しなければなりません。

しかし、労働運動の側にもこうした潮流を許す状況がなかったか問われなければならないでしょう。

私たちは平等実現の要求を日本における婦人労働者のたたかいの到達点――要求の発展であるととらえると同時に、国際婦人年の設定や世界行動計画の策定、差別撤廃条約の採択など平等・発展・平和をめざした国連婦人の10年のとりくみが国際的婦人運動の1つの到達点であり、私たち日本の婦人労働者のたたかいも大きくかかわってきたのだとする国際的視野と確信をもった運動の姿勢が必要なのではないでしょうか。

また、今日までの労働組合運動の弱点――婦人労働者の権利拡大の面においても企業内問争の枠を脱しきれず、さまざまな企業や産業で勝ちとってきた権利を全体として法制度改正のたたかいに発展させることなく、企業間、産業別間の格差を放置してきた――をどう克服し今後のたたかいをどう構築していくのかが問われているのではないでしょうか。

要求は行動のなかで確信となり発展していくのだという視点での運動展開と、個別のたたかいから全国統一闘争へ、統一闘争の前進にむけて個別闘争強化の重要性が強調されているとき、それぞれの地域、産業が今日のたたかいのなかでの位置と役割をあらためて見つめなおし、たたかいを組織していくことがもとめられているのではないでしょうか。
 

1984年10月 
労働運動の未来と婦人労働者の役割


(WOMENN351岩波書店1984年10月刊)

1985年までに達成を呼びかけた国際婦人年世界行動計画は、いろいろな意味で、1つの国際的な到達点であると思います。

行動計画は、あらゆる分野において婦人の平等・発展にむけての計画と、克服すべき課題を指摘していますが「政治参加」「雇用および関連の経済活動」の項において、労働組合活動にも言及しています。

日本の労働組合運動の現状からみれば、かなり大胆な方策をとらないかぎり、計画は達成できないでしょう。

「生休取得率は職場民主化のバロメーター」かつてよくつかわれたスローガンです。職場で婦人の権利行使が難しければ、一般の権利行使もすすまないということでしょう。

今、この婦人の権利が「平等」を口実に根こそぎともいっていいほど、奪われようとしています。
「平等をいうならすべて男性なみに」とする政府や財界のゴリ押しに、婦人たちは、いや労働組合は、どう反撃したのでしょうか。

1984年4月14日、日比谷野外音楽堂で「労基法改悪反対、実効ある雇用平等法を求める4・14中央総
決起集会」が開催され、全国から7000名を越える婦人が集まりました。

集まった婦人たちの胸のなかは、労基法改悪を押しすすめようとする政府・財界への怒りと、一方で、既存のナショナルセンターや労働組合運動が労基法改悪反対を明確にかかげた運動にとりくんでいないなかで、さまざまな困難、条件を克服して、自らの手でやりあげたという爽快感、たたかう婦人の連帯感が漲っていたと感じたのは、私だけではないでしょう。

世界行動計画は、「・・・・・・われわれの世代においては、婦人の役割は、強力な社会変革の勢力としてますます台頭していくであろう」と指摘しています。

社会の民主的変革をめざしている労働組合が、婦人の民主的エネルギーを引きだすことなくして、労働組合運動の未来はたかがしれています。

労働戦線の再編とあいまって、労働運動の民主的再編成の論議がかわされています。

婦人労働者、労働組合婦人部がどのように位置づけられているのか、逆にいえば、婦人部が与えられた運動でなく、自らの要求に根ざした運動を自らの手でつくりあげ、それを全体の課題にさせていく力をつけていくことが、もとめられているのではないでしょうか。

1984年5月
共著「あなたとすすめる婦人部活動」
(学習の友社 発行)

1984年4月
婦人が燃えた「4・14」
日比谷野音(東京)、自治体労働者2500名

(統一労組懇自治体部会84年総会報告)

“労働基準法改悪反対、実効ある「男女雇用平等」の制定を求める四・一四中央総決起集会”に、全国から7,000名を越える婦人労働者が参加した。総評・自治労が「労基法改悪反対」を明確にしないなかで、労基法改悪反対と実効ある雇用平等法制定の2つの制度課題を明確にした、全国規模での大衆集会は、労働省の法案提出を間近にひかえたなかで画期的な集会となった。

母親大会規模の集会をと統一労組懇婦人連絡会が呼びかけたのが3月3日。約40日間でこの大集会を成功させた各地での様々なとりくみは“かつてない取り組みをかつてない規模で”をスローガンてすすめられた。

集会参加者は、統一戦線支持組合であれ、総評・自治労路線のなかでがんばっている婦人部や婦人労働者であれ、そのほとんどがカンパをとりくんでの参加。

50名目標で、250万円のカンパ、出発までに150万円を集め、あとはカンパの予約(非組合員含む)をして五一名が参加した北九市職労。集会会場で名物“ささかまぼこ”1,000個を売りさばき、当日までカンパ活動を追求して参加した仙台市職の婦人たち。第五回交流集会の準備のなかで運動が盛りあがり、一九名が参加し、ハンカチ、南部鉄器の販売、予約をすすめる岩手県本部。

 粟の販売で20名が参加した岡山の仲間たち(帰ってからも粟を売りつづけないとカンパ目標は達成しない)。3月15日の年度末手当と18日の給料日にいち早くカンパを呼びかけ、婦人組合員の一割以上が参加できるカンパを集めきった大阪市職浪速区役所支部。参加目標を大きく上まった衛都連。当初バス2台の予定を討議のなかで10台に変更、最終11台で参加した横浜市従と、県職の六台と合わせ17台で参加した神奈川。統一労組懇に加盟していないなかでも動員指令を発した都職労。こうして30都道府県から母親大会の2倍、3倍のとりくみで、さまざまなたたかいを通して参加した2,500名は全国の仲間との大きな連帯と、自らつくりあげてきた運動に確信を新たにしている。

労基法改悪反対、実効ある雇用平等法制定という要求の正しさ、婦人の切実な願いが7,000名を集めた力であり、総評・自治労運動では要求実現が困難であることを実証した。

また、既存のナショナルセンターの交渉にしか応じなかった、労働省の赤松良子婦人少年局長が7,000名の参加者を背景にした当日の交渉に出席したことは、力でせまることの重要性をも明らかにした。16、17日の両日、自治労が各県本部1〜2名の動員で行った中央行動での労働省交渉において労働省婦人少年課の岩田課長補佐がでてきたのとは対称的。

また、国会請願デモでは先頭の大阪府職労の隊列のゼッケンをはずせという警察の弾圧に屈せず、デモ行進を敢行したが、3・22の公務員共闘婦人行動(800名)がデモを請願時点でとりやめてしまったことにくらべ、これも対称的。

自治体労働者の運動は、政策的正しさとあわせ、組織的にも大きく発展し、200万自治労の建設というスローガンが空しく見えるような4・14の行動となった。

1984年2月
統一労組懇臨時総会での発言

婦人連給会の中居です。私は提起された方針を、基本的に支持をしながらも、いくつかの点を指摘しながら、階級的ナショナルセンター確立に向けて、労働組合運動における婦人部活動の位置付けと役割を明確にした運動の必要性という観点で、労基法問題を中心に討論に参加をします。

せんだって開かれました、第60回の総評の臨時大会では、単産・地域の婦人代表者60名を特別代議員として参加させ、労基法問題、雇用平等法問題に闘うポーズをとりました。

しかし、これは挨拶でも触れられましたように、婦少審において、総評を含む労働者代表が財界に屈服し労基法の見直し、骨抜き雇用平等法の制定に合意をした、反労勧者的行為を覆い隠すなにものでもないことは明らかです。真柄事務局長の「労基法改悪反対、是認といった既成の概念を越えた闘いが必要」これを階級的に翻訳をするならば、労基法改悪反対では闘わないということです。こうした本質とは別に、形として婦人問題を、組織の全力を挙げて闘うということが、一般マスコミでも大きく取り上げられていることに、今日の労働組合運動における婦人問題の現状を明らかにしているというふうに思います。

と、するならば、階級的立場を堅持をしているわが統一労組懇の現状はどうなっているのでしようか。昨年私たち婦人連絡会は、労基法改悪反対、実効ある男女平等法の制定にむけて、正念場の闘いをどう進めるのかを中心に、第3回の総会を開催をしました。ところが来賓として出席をされた、代表委員の挨拶は「婦人連絡会の運動方針は不十分だ」と言いました。しかし、どこがどう不十分なのかは指摘をせず、見解を明かにしませんでした。

そして一方では、「婦人労働者の方々に期待する統一労組懇の地方組織の確立の先頭に立って頑張ってほしい」とおだて上げました。私はここに婦人連絡会の位置付けが、端的に現われていると考えています。それは、放任主義はあっても、指導と援助をするという姿勢をまったく感じなかったのは、私だけではなかったと思います。不十分であれば方針作成過程においての指導がなされて当然です。指導しなければ、出来上がった方針に統一労組懇全体として責任を感じないのも、また当たり前のことになるのではないでしようか。婦人連絡会は、労基法改悪反対、実効ある男女平等法制定の対政府要求署名を300万集めると、総会において確認をしました。

しかし、昨日の報告にも、唯一婦人問題で触れられた箇所はこの署名の数だけでした。60万という報告がありました。この署名が、単産や府県でどのように位置付けられて来たのでしようか。婦人が勝手にやっているというのが、現状ではないでしょうか。勝手にやっていればまだいいほうです。この署名が婦人労働者の目に触れていない組織すらあるのが現状です。

こうした現状は、婦人連絡会の体制や各単産の婦人部、また地方組織の婦人連絡会の体制などの問題に反映してきています。今日婦人労働者は、資本や財界の攻撃の矢面に立たされているという表現が、この間よく使われてきました。資本の搾取がより強化をされるもとで、まさに階級的対決の厳しい場に、置かれているのが婦人労働者です。だから婦人は誰にもいわれなくとも、闘わざるを得ないから闘ってきました。

しかしそれは、眠る時間をさき、休日を返上し、カンパを集め、作り上げてきた運動です。しかしこれだけでは、現在の情勢に見合ったものでないことも明らかです。婦人の民主的エネルギーを引き出し、臨調行革路線との対決、全民労協路線との対決が婦人問題でも鮮明になっている今日、まさに統一労懇運動の出番は、婦人問題でも必要となってきています。その闘いを保障する体制の確立が求められているのではないでしようか。

春山事務局長は、提案で婦人問題については署名の問題のみに触れられました。私は、今日の労基法の問題がこれまでの労働基準法の違反や、労基法の形骸化がという域を越え、今まさに労働者の労働条件の最低基準を決定している労基法の法そのもの改悪に乗り出してきているという状況のもとで、私はこの問題を婦人労働者の問題という挟い範囲に押し込めようとする、政府・財界の、戦略に立ち向かって、闘っていかなければならないと思います。

しかし、今日までの経過のなかで、婦人労働者だけが実感として闘ってきたことも事実です。そういう点で、私はこの法制度の改悪、私たち労働者にとっての憲法ともいえる、労働基準法が改悪されようとしている時、婦人労働者まかせにするのではなく、全統一労組懇挙げた、総力の闘いをまき起こしていかなければならないと思います。同時に今日までの経過からして、婦人労働者の闘い、婦人労働者が必死になって闘い、闘かっていこうとするこの点について、統一労組懇全体としてのたたかいと位置付け援助していく、この観点が必要だと思います。

私はまだまだ、労働組合運動の中で婦人部活動の問題が、昨日の引間代表委員の挨拶でも、枕詞をつけなければ、婦人問題を語れないという現状。国際婦人年だから、最終年だからこの問題を闘うんだ。200万統一労組懇の3分の1を占める婦人労働者の問題を、真正面から取り上げ、要求を前進させていく立場から婦人問題に全力を挙げる方向を期待して発言を終わります。

1983年1月
女性が働くとき
〜座談会〜 83年を開く婦人労働運動


(労働運動1983年1月号)

有薗 栄子 東京都教組婦人部長
江尻 尚子 医労協常任幹事
金井はるみ 国公労連婦人協議長
岸本 直美 統一労組懇婦人連絡会事務局長
中居多津子 大阪府職労執行委員
松沢 悦子 全日自労建設一般婦人部長
山崎 雅子 農協労連青年婦人対策部
司会 川口和子 婦人労働問題研究家

臨調路線のもとで、いま職場は・・・

川口 新年おめでとうございます。きょうは、統一労組懇婦人連絡会に参加していらっしゃるいくつかの組合の方たちにお集まりいただいています。いよいよ83年が始まったわけですが、近く臨調の最終答申が出されるとか、労基法改悪が雇用平等法とワンセットで秋の国会に上程が予想されるなど、婦人労働者の運動も今年は正念場だと思います。すでにそれを先どりする攻撃もきびしくなっていると思うのですが、職場の状態がどうなっているのか、みなさんは婦人部長さんとかそういう方たちですから、みなさんのご苦労や悩みも含めて、そのへんからお話いただけますか。

江尻 医療の職場は夜勤があるとか人手不足だとかいうのが特徴で、いつもいわれていることなんですが、母性保護が守られず生理休暇もとれないという状況にあります。

最近の特徴としては、実際に病人もふえてきているし救急医療などが住民の要求として病院側に強く求められてきています。そのために、私たちはこれを拘束勤務といっているんですが、普通は朝8時半頃から夕方5時までの通常の勤務があって、それ以外に救急で運ばれてくる患者さんを受け入れるわけです。救急患者というのは応急手術が必要だとか、ともかく急を要する病人が入ってくるわけで、これが夜間に多いのも特徴でしょう。そうするとまず受け付けからレントゲン、各種の検査、手術、薬局とこの5部門が対応するわけだけど、これが看護婦にかかってくる。もともと人手不足の現状で回転するわけですから、夕方5時にやっと勤務が終わっても次の朝の8時半まで拘束されてしまうという状態が起きるわけです。

すでに休日労働違反とか、労働時間の違反、婦人労働者にたいする労基法違反が約80%もあって、非常に労働時間が長いところへなおかつ救急医療ということで、まったく違法な勤務をさせられるという状況がふえています。
それから他の職場とも共通していると思いますが、パートが非常にふえてきていることと機械化が急速にすすんできていることです。事務労働者などはOAが入って非常に大きな影響を受けているし、医療の場合も高度な医療機器が入ってきて秒単位の機会の動作で心臓の手術をしたり、脳の手術をしたりできるようになり、それに対応して機械が管理するとか、機械をつけて生命を維持するということになると、機械に左右されて秒単位の仕事に追われ非常な緊張がつづき、ますます過重労働になっているわけです。本来ならば余裕をもって看護し、生命を救うのが看護婦の仕事なんですが機械的になっているということと労働強化の内容も変わってきているわけです。また私たちは夜勤は複数で1ヵ月8日以内という要求でその実現のための増員闘争をやってきましたが、いまいったような医療機器が入ってきたり重症患者がふえるなかでは3人夜勤、4人夜勤の要求がでてくる。それにたいして経営者側もそれを認めざるを得ないのですが同時に病床数もふやしてくるわけです。いままでは50床で2人だったのが70床とか、あるところでは90床にして3人夜勤にするわけで、本来なら50床で2人なら75床で3人でもちっともふえたことにならず、これでは本当に患者さんの立場に立った医療の充実にはならない状況で、私たちの要求がやっと実現したかなと思うと次の「合理化」がかかってくるという具合で、「合理化」との追いかけっこという状態ですね。

中居 大阪の場合、いまの臨調行革の攻撃と同時にそれを先取りしている岸府政ということでいろんな攻撃があるんだけども、いくつかの事例を報告したいと思います。1つは、医療職場の問題ですけど、いま大阪府当局がいっているのは、ニッパチ体制そのものについては、くずすという言い方はしていないんですが関西経営者協会の労基法改悪の考え方と同じなんです。時間外制限を1日2時間をはずして週単位にするとか、年間単位にするということね。だからこの月8日を年に直したら96回、だから年間通じて96回でワクを抑える。忙しいときだったら月13回やることもあるけども、そのあくる月は5回ぐらいで、年間を平均してニッパチ制度を保てばいいという巧妙な攻撃が1つでてきているのと、もう1つは、やはり重症だとか、高度な医療をせなあかんということは3人、4人夜勤をせなあかんわけです。そういうなかで深夜専門のパートの看護婦を入れるというのが特徴としてあると思うんです。もう1つ、いま自治体職場でパート労働者というか、アルバイト職員というのがたくさんふえてきています。これは岸府政ともからむんですけども、保健所の職場というのは保健婦さんが中心なんですが、看護婦さんもいるわけです。週何回かの何歳児検診だとか、いろいろやるんですが、常時いらないわけで、だからアルバイト職員、非常勤職員、そういう人がいてるわけです。普通、地公法でいえば、引き続き非常勤職員というのは6ヵ月しか雇われない。やむをえない場合でも、もう1回更新できるけれども、1年以上、引き続いて業務がある場合は正職員でなければならないという法律上の規則があるわけです。だから、名前を変えてみたり、いろいろして13年、15年という非常勤の職員がいて、年金の保障もないとか、いろいろ不利な条件のもとにおかれています。

岸知事というのは住民団体とは会わないんだけれども、府民とは会う、個人とは会うということで知事公舎の早朝開放というのをやっています。そこに1人の十何年つとめた非常勤の職員が知事に直訴しに行ったわけです。こんなにつとめて年金も保障もないのはおかしいと訴えたら、岸は「そういうことないようにしましょう」と答えた。その人、なんとかしてくれると喜んだわけです。ところが非常勤の人たちのいっせい首切りを通告してぎた。それは職場の労働組合が頑張ってストップかけたんですけど、そういうパート労働者、弱い部分から首を切っていくというのがいまの状況のなかで端的にあらわれています。

それから大阪ではいま守口市なんかで公立幼稚園を半分廃止してしまうとか、大東市のように公立を全部民間に委託をしていくとかいう問題が起きており、それはたたかいのなかでストップはかけてきているけれども、臨調先取りともいえる事態がいろんな形で起こってきています。逆に特徴としてはそういうなかでも婦人労働者のたたかいで看護休暇制度を実現したり、育児時間の期間と時間を延長させたりという前進面もあるんだけれども、安上がりの行政ということで弱い部分へしわ寄せをしていっているのが自治体職場のなかですすんでおり、いまの臨調攻撃の住民との関係なんかでも、ある程度住民受けするような、全体としては労働条件低下の方向なんだけれども全面的に切り捨てるというんじゃなくその部分はパートにというふうに攻撃というのが巧妙になってきています。

金井 国家公務員は臨調攻撃では1番やられているととろですが、職場の受けとめ方としてはいまひとつというところです。人勧凍結にしても凍結ならばいつかはとけるけれど見送りなんだからと話すと、それではかなわんということで署名運動を1人10人は集めようと動きはじめているんだけれど、公務員はいいじゃないかといわれて壁にぶつかって職場に戻ってきたりして、まだ家族だとか身の回りの人の段階から外に出られない、どうひろげていくかというところに課題がありますね。それでも愛媛の県国公の婦人協の厚生省関係の分会では、婦人の人たちが憤りや意見を寄せ書きして職場の掲示板に張ったりするとかの動きはでてきています。

つぎに第6次にわたる定員削減で婦人の採用がほとんどない、削減分はパートや定員外で補っている。82年2月の調査でも婦人の3人に1人は定員外という結果がでています。それに統計部門や研究所の事務部門、社会保険庁の年金関係では下請け化がすすんでいる。また総理府統計局の国勢調査や事業所調査、労働力統計などをおこなっているところでは24時間の電算機体制をとるためふくろう部隊というのが入ってきており、それにともなって平常勤務の婦人労働者が非常に仕事をつめられてきつくなっており、パンチャーだとか鉛筆でマークをつけていったりする人たちに頸腕症候群などの職業病がふえてきています。それで公務災害認定を申請したところ、つい先頃人事院がこれは公務災害とは認めないという不当な裁定を出してきました。これは最近、他の産業でも事務の合理化がすすんでファクシミリだとかマイコン、オフコン、ワープロなどOAが導入され、仕事の密度が濃くなるなかで、職業病の増大を予見してのことで非常に重要な問題だと思います。

行革をする場合の錦の御旗はなんといっても定員削減なんですが、人が減らされていくなかでいままで取ってきた権利を行使するためには相当頑張らなくてはいけない、とくに婦人の場合は妊婦の通勤緩和だとか保育時間、産休延長部分の行使、これは80年に産後だけ2週間延ばして6週間を8週間にすると約束をとりつけたんですが、人勧が見送られる状況のなかで、民間より先にこんなことはとてもできないと人事院が堂々と言いだしています。ニセ行革のもとで婦人が安心して働けない状態というのがつくられつつあるのにたいして産休問題とか、昇格昇任の問題なんかで、運動がそれなりにすすんではいるけれども、婦人のところでは人事院勧告の問題は親の組合がやるものだみたいなところがあって、なかなか婦人の真っ正面の要求に十分にすえきれないというのが悩みです。

労務管理の強化、過密労働、パートの増加

山崎 職場の状態をいう前に、いま臨調ともかかわって、農業そのものがこわされてきており、食糧の自給率も30%を割るという状態のなかで、さらに農政は農業を破壊していくという方向で推しすすめられているわけで、それにともなって、農協そのものが、当初の協同組合としての性格をどんどんなくしちゃっている。そもそも農協というのは、農家の営農とくらしを守るということでつくられた組織なんだけど、協同の精神をかなぐり捨てて、とにかく農協経営を成り立たせるという形で企業主義化の方向を強めているということがいえると思うんです。その結果顕著にあらわれているのが事業推進で、これがすごく強められてきています。たとえば貯金や共済の推進というのは、まだ少し農協の性格からいってもわかるんだけれど、電気製品だとか、背広だとか、宝石だとか、はては墓石までを女性も含めて深夜まで農家の人のところへ行って、それを売り込み、ノルマを果たさないと自分たちの給料も出ないんだみたいな形でいわれています。

労働条件の問題では農協の職場というのは、農村のなかにある職場ということもあって、すごく地域とのかかわりがあるんですね。生休なんかもアンケートをとってみるとほとんどの職場で8割、9割が生休があるけれどもとっていない。なぜとれないかというと、忙しいこともあるけれど、農家の人は生休とか産休をとっていないじゃないか、農作業をやるのに生休なんかとって家で休んでいたりすることはないんだみたいにいわれる。そういう農村の古さというか、封建制みたいなものとのかかわりから労働条件をきちっと守れないことが1つあると思います。それから、結婚退職制というのも、農協の職場では誓約書をとられたりすることが、結構多いんです。

それから過疎地にある農協で、若い人を順番に雇用していくために、結婚したらとにかくやめてくれ、あなたがやめないと他に職場がないわけだから他の人は県外に出ないといけないんだ、みんなに就職の場を与えるべきじゃないかみたいな形で、結婚退職がいわれるという具合です。

その一方で古さだけではなく、労務管理などは、すごく新しいんですよね。「地獄の特訓」というリーダー養成講習に女性も率先して行かせたりとか、自主管理運動や小集団管理も職場にはいってきています。シスター制度というのもあるんです。これは1つの課のなかで20代後半ぐらいの人を1人選んで、新しく入った人のお姉さんというふうにするんです。その彼女が新しい人たちの勤務態度だとかをきちんと手帳につけていて、報告させるというのがやられている。結局、若い人はいいたいこともいえなくて、ずっと労働組合のほうでも知らなかったんですが、婦人集会をそこの職場でもって分科会をやっていたときに、若い人がちっとも発言しないので、よくよく聞いてみたらそういう制度があることがわかったんです。なんでも相談にのってくれるという形にしておいて、その実きちんと管理していっている。何を考えているのかとか、友だち関係だとか公私含めて、お姉さんという形で管理をしていくというのが職場に入っている。古い面と新しい面をうまく利用した管理が入っているということがいえるんじゃないかと思います。また、他の職場なんかとも共通する面では、最近臨時パートの労働者がすごくふえていて、新しい採用が全然ないところが相当でてきています。農協そのものが性格を変えているなかで、婦人にも新しい形での労働条件の悪化があらわれてきているという気がします。

松沢 私のところは4年前に統合して全日自労建設一般労働組合になって設計事務所の人とか学童保育の指導員とかパート保母、キャディーさん、競馬場の馬券を売る人とかいろんな人が組合に入ってきています。それにしても1番攻撃をかけられている失対の問題では65歳打ち切りを85年には実施するということになっています。65歳で首を切られたら退職金もないし老齢年金といっても2万円ちょっとで、これではとても生きていけない。やめた人のその後の調査をしてみると自殺者が出ている。それに高齢だし、みよりのない独りぐらしの者も多いからご飯の仕度もしないでだんだん動けなくなって死んでいく。65歳打ち切りというのはこういう人を見殺しにすることですよね。それでいま婦人部としてはやめた人にいまどうしていますか、たまには出ていらっしゃいとか声をかける運動をしているわけです。

新しく組織に入って来た人たちというのは、保育所のパートとか学童保育の指導員とかです。
いま学童保育では愛知がいちばん盛んなんですが、1人体制の場合病気になっても休めない、だからぜひ2人体制にしてほしいとか、制度化されていないところでの給料は親が負担するわけで、6、7万円しか出せない。ぜひ制度化してほしいとか、保育指導をするための勉強の時間がほしいとかそういう要求が出てきています。設計事務所の場合などもみんな小さいところなので生理休暇や産休が取りにくい。産休取って出て来てみたらもとの仕事じゃなくて雑用になっちゃう。そうするとみな技術者だから生休は取りません、子どもが生まれるから結婚はしませんなどとなってくるけれど、やはりそれでは駄目だということで、悩みながら解決策を探しています。キャディーさんや馬券を売る人たちは季節雇用なので休暇が制度化されていないのです。子どもの授業参観にも組合の会議にも出られない。そんなときぜひ休暇がほしいという要求だとか、パートの場合は給料だとか身分選別の問題でいちばん腹が立つというのが私たちのアンケートでは多かったですね。

そんななかで立ち食いのうどん屋さんのおじさんやおばさんを組織したうちの仲間たちはすごいなあと思います。私たち婦人部はそういう人たちも抱え込んでいかれる力を持っているし、これからもどんどん力を発揮していかなければと痛切に感じているところです。

有薗 私が昭和31年に教員になったころは、学校の教師ってすごくやりがいがあって楽しくて仕方がなかったんですよ。たった10分の休み時間だってバッと外へ出て子どもと遊んだり、放課後なんかも真っ暗になるまでクラブ活動やってた。ところがいまはみんなゆとりがなくなっちゃっていつも追いかけられている。教師になって本当によかったという思いをするときがすごく少なくなったんじゃないかと思います。

ですからいま心身症や、ノイローゼになる先生が多く、肩がこる、頭痛がする、イライラだとか風邪を引きやすい、腕も痛い、腰も痛いというような健康破壊がすすんでいます。この4年間、鈴木保守都政になってからは、種々の権利への攻撃だとか定員削減がおこなわれ、ますますきびしくなっています。とりわけ小学校の専科の先生が削られ、いまは体育専科の先生がいなくなっちゃった。体育の先生だったらあの子は球技は駄目だったけどマット運動はできるようになったとか、子どもの可能性を十分に掘り起こすことができるんですよね。それは音楽にしても美術にしても、理科にしてもいえるんですが、それらの先生がほとんど削られちゃったんです。

中学校では定数切りくずしの結果非常勤講師が多くなり、その分先生たちは授業を教える他に校務の分担量がふえ、仕事のあいまに授業をやっているのかと錯覚をおこしそうになることさえあります。また、ご存じのようにいま非行問題が激しくなっており万引とか、タバコを吸う、校内暴力が起きると緊急職員会議だ家庭訪問だとかで夜は9時、10時にもなるとか、ああこの1時間無事にすんでよかった、朝出かけるときにきょうはなにもおこらねばよいがとかの思いで学校に向かうというんですね。しかし非行問題はお母さんたちも心を痛めているし、これは国民的課題でもあるので、全教師と父母がいっしょに克服しなければと頑張っているわけです。非行問題では養護の先生のところへも問題が集中的にあらわれており朝からシンナーを吸っていた子が気分が悪くなったとか、朝礼の最中にバタバタ倒れる、それに授業に出てもおもしろくないという子どもたちが保健室にたまりに来る。一方で全校の身体検査や歯や目、耳の検査をやりながら1日40人、多い日は50人も、保健室を訪れる子を1人でさばいていかなければならない。これではやさしい言葉をかけるなんて状況にはまったくないというわけです。

また栄養士さんも減らされて、いままでは3校に2人いたのが2校に1人にされてしまい、やめたら補充しないんですね。だから栄養士さんのいない学校ではどんなことになるかというと先生が授業をやりながら給食のめんどうもみる。牛乳がたりないとかじゃがいもを何組百屋さんに注文するとかしなきゃならない。授業中に「先生牛乳何本たりない」となると「みんなちょっと自習して」なんていってあわてで電話するとか大変な状況になってるわけ。

授業中でさえもそのようなことがつぎつぎ起こるからつい「先生いま忙しいのよ」なんてことで、きめ細かく手をかけることができなくなっている。学級通信だとか学年通信で学校の様子をお母さん方に知らせる作業なんかはほとんど家に持ち帰ってやるとかで、こんな状態じゃ年休もとれないし育児時間、生理休暇も取れなくて自分の子育ても満足にできないことになり、悩んでいる先生が多いわけです。やっとかち取ったよい制度や権利も授業の進度や仲間への迷惑を考えると使えない、子どもたちも落ちこぼしてしまう。これでは本当に生き生きした教員生活はおくれないし、教員になってよかったといえる状態ではないわけです。

定員削減のほかに大きな問題としては教科書問題にもみられるように、教育の反動化がすごい勢いですすんでいることです。これは管理体制の強化や地域の反動化の進行ともあわせて、決して見のがしてはならないことです。
こんななかで、やっぱりいま婦人教師が圧倒的に多くなっているわけだから、お互いに悩みが話し合えるような職場をつくろうじゃないかと1ヵ月1ぺんでも土曜日の午後お茶を飲むとか食事をしながら婦人部会を開こうと呼びかけています。

こうしているところでは明るさがでてきているのね。それに非行克服でも女の先生が2人1組になって校内パトロールをやったり、みんなの先生が協力し合って何とかしなくちゃと教職員集団が動き出し父母との連携がとれている職場では明るくなってきていますね。教育の反動化、軍国主義化のなか、いまこそ「いのちと平和の尊さ」を子どもたちの心に育てることを婦人教職員だからこそ一層重視しています。婦人部がおこなう教研集会では、反動化の実態や平和教育の実践もさかんに交流しあっています。

要求のひろがりと運動の前進

川口 そういうきびしい状況のなかで、ではどういう運動をしていらっしゃるのか、これまでにもすでに出されていましたが、どういう前進がみられるのか、その可能性がどこにあるかなどもお願いします。

松沢 私のところはいま、失対打切り反対でたたかっているのですが、その闘争資金として1人毎月1000円ずつ、30ヵ月で3万円積み立てるという方針を大会できめてとりくんでいます。ところが男性の方は、もうどうせ駄目なんだとか、この積み立ては個人のものなのか、利子はどうなるのかとか、理屈が多くてなかなかすすまないの。

だけど女性は、『じかたび』のなかで役員と組合員が1間1答の形でこの間題を扱っている記事があるのだけど、そこのところを仕事場でAさんが組合員、Bさんが役員になって読みあげて、みんなで聞く、そんな形で学習会をやって、よくわかった、首切られたら私たちは生きていけない、働いていくためにはこの積み立てはやらなくちゃならないんだ、これもたたかいなんだっていうふうにすすんでいます。そしてナマ首を3万も4万も切れるものなら切ってみろって、意気もあがっています。ウチは高齢者が多いから、それだけに失対がなくなったらどうしようって、みんな悩んでいます。男の人たちも不安だからいろんなことをいうのだと思いますけれどね。でも女性の方が燃えてます。

この闘争積立金のとりくみをとおしていままでのように組合費だけ納め、それでまかなって行動するという形と違って、労働者1人ひとりが自分たちで貯金をして、自分たちがたたかうのだという姿勢になってきている。そこに運動の新しい前進があるように思います。
それから活動家集団をつくろうというのも組合の方針で出しているのですが、幹部だけにまかせておくんではなくて婦人もみんなが活動家になろう、みんなが何か1つ役を持とうということでやっています。

そういう話し合いをしていくと、それじゃ何か1つぐらいやらなくちゃ悪いから私もっていうことになって、1つ役を持つとやっぱり人まかせとは違って一生懸命になるし、その人自身が生きいきしてくるというふうに変わってきています。こういう活動がひろがっていけば職場も活気が出て、明るくなっていくと思うの。

未組織の人たちの組織化で最近の例ですけど、岐阜県の司支部にオルグに行ってパートの人たちに呼びかけようっていうことをきめて、それには組合に入って身分保障がされたとか、自分たちの体験も入れて組合加入をすすめるチラシをつくるといいって話をしたの。そしたら早速ちゃんと実行して、長い呼びかけ文を書いて、それを1人ひとりのパートさんたちに送って、2人、3人とふやしているのです。パートの人たちはみんな独りぼっちで、私たちが手をさしのべるのを待っているんだと思います。これは司支部だけじゃなくて、保母のパートも、学童保育のパートも、そうやって岩手、千葉、岡山でふえてきています。

川口 そういうふうに外に足をふみ出してとりくむっていうことは、なかなかできないことで立派だと思うのですけど、お聞きしたいのは全日自労の積極的な方針ととりくみに、婦人たちがそんなに一生懸命になるというのは、婦人はまじめだから、素直だからだけかしら。そのへんはどうですか。

松沢 やっぱり自分たちの切実な要求があるからということが1つと、もう1つは婦人たちが実際に交渉するときに人数が少なくてはだめだということがわかった、だから仲間をふやすんだって、そういっているわね。ある支部は最初20人だった、それが30人にふやし40人にふやした。どうしても100人にふやそうという目標を持ってやっています。いくら全日自労建設一般という組織がバックにあるといっても、実際に20人で交渉するのと100人
でやるのとでは全く違う、そういうことが運動のなかで1人ひとりがわかってきているのだと思います。

岸本 統一労組懇傘下では、生協労連や大阪の衛都連なんかもパートの組織化では頑張っています。東京の婦人連絡会は街頭署名をやったし、大阪のパート110番は大反響でしょう。それと同盟がやってるわね、統一労組懇にとられてしまうって危機意識を持っているのね。統一労組懇はちかくパートの政策を出す予定で、婦人連絡会も加わっていますすめています。

川口 同盟の組織方針は、岸本さんがいわれたように組織防衛という観点が前面に出ていて、しかも不安定雇用構造、低賃金構造そのものを打破していくという方向ではない。そこが、労働者全体の階級的利益を守ってたたかう方向でパートの組織化にもとりくんでいる統一労組懇の方針との違いがあると、私は思うのですけれど。それと統一労組懇の場合は、松沢さんの話のように婦人労働者1人ひとりが足を動かして下からもとりくんでいることがすぐれた特徴ね。これをもっとひろげなくてはならないわね。

ところで統一労組懇は、同盟などとはそれから総評などとも違った運動のやり方をつくり出しつつあると思うのですけれど、自治体の婦人労働者の場合はどうですか。大阪府職労とか統一労組懇に加盟している自治体の婦人たちが中心になって全国集会もやっていらっしやるでしょう。

自分たちの運動を自分たちの手で

中居 82年は3回目で450人集まりました。北は北海道から南は沖縄まで・・・・・・。四国の松山へね。北海道の人は飛行機で東京へ出てそれからまた松山まで、十何万円もかかるのね。それでもぜひ行きたいって、ちょうど夏のボーナス支給の前だったので、助役のところへ行ってボーナスを前借りして来た人とか。それというのもいま自治労の方針では職場ではたたかえない。でも横浜市従はじめあちこちで扶養手当を婦人にもよこせとか、男女平等の問題にしでも具体化してすすんでいるし、看護休暇もあちこちでひろがっているでしょう。それなのに自治労からはニュースもおりてこない、どういうたたかいやってかちとったのかもわからへん。そこでそういう集まりへ行って聞きたい、知りたい、話し合って展望をつかみたい、そういう期待が高まってきているんだと思います。

労基法改悪にしても攻撃はきびしくなっているし、要求は切実になっているし多面的にもなっていますよね。だけどこういう情勢のもとでは、いままでの総評自治労の運動では要求が実現しなくなっている。いままでは指令が上からおりてきて、署名しろとか、そういう運動しか経験してこなかったわけです。そこでこれからは要求をとろうと思ったら自ら新しい運動をつくり出していかなあかん。たとえば大阪統一労組懇の婦人連絡会で署名をとりくむにしても一から勉強です。請願署名にするか、要求署名にするか、どっちがどうなのか、そのへんからね。いままではおりて来たのを署名すればよかったけれど、自分たちでやっていくなかでみんな勉強もするし、訓練されてきています。自分たちでやった署名だから自分たちで国会へ持っていく。これもいままでは動員で、あの先生のところへ行ってこいと割り当てられて行って終わりだったけれど、いまは国会議員だって何百人もいるんだから、この間題ならどこへ持って行くか、大阪ならまず大阪出身の議員全部にあたろうとか、高い旅費使ってきたんだから、衆参両院の婦人議員全部にも行こうとか考えてやるわけね。

ところがたとえば社会党議員のところへ行ったら、自治労から聞いてないから受け取れへんといわれた、中身も議論せんといて、おかしいやんか、という具合で若い女性たちが怒り出したりしています。総評自治労の指令と動員の運動と違って、統一労組懇でやるのはだからシンドイ面もあるけれど、自分らでやる運動だから執着が出てくるし、反応もいままでと違ってぐっと感じる。特定政党支持のまちがいも実感としてわかってくるわけ。

さっきの扶養手当、扶養認定の問題も、自分たちでたたかってみて、妻の賃金が夫の賃金の130%を超えなければ、妻を扶養者に認定できないという厚生省通達がある、この壁を打ち破らなくてはあかん、それには国にむけても要求つきつけて、1つの組合だけよりもほかの組合も一緒に統一労組懇で、っていうふうに運動の視野も、上にも横にもひろがっていますね。

大阪統一労組懇婦人連絡会の要求署名も、1回目は自分たちだけの要求やったけれど、昨年は非常勤の電話交換手さんなんかも含めて話し合いをしたりして、パートの問題も要求に入れるとか、運動の領域もひろがってきているのじゃないか、私はそういうこと実感として感じるのね。与えられた運動じゃなくて自分たちの運動を、ゼロか100かじゃなくゼロよりも1、1よりも2というふうに運動を積み重ねてきている。婦人らしさがそのへんにあるんじゃないかって思うんです。

岸本 大阪は婦人連絡会も中央よりも早くからつくられていたし、府職労の母性保護講師団とか、全国でも大阪に学んでいることが多いわね。ファイトもあるけどガメツさもあるんじゃないの。やったら損をしない・・・・・・? (笑)

中居 それはある。婦人連絡会も自分たちの組合にトクになるような運動をやってます。

一同 それは大事なことね。

岸本 中央の婦人連絡会が生まれたのも義務や義理からじゃないわ。1968年の末に労基研報告が出て、これはたいへんだ、ウチの組合だけ頑張ったって太刀打ちできない、みんなでやらなくちゃ。総評は何もやりそうもない。それじゃ私たちでやろうか、っていうことでみんな燃えたのよね。自分たちの婦人部にトクになる運動だったから、必要だったから。それが始まりだったわね。

一同 そうよ。

川口 婦人連絡会の運動の原点ね。その婦人連絡会に参加することを、82年の大会方針で正式に決定されたのが農協労連。一方では労働戦線の右寄り再編がすすんでいる状況のなかで・・・・・・。山崎さんいかがですか。

山崎 うちは婦人部を確立しているところはごくわずかで、全国的な婦人協議会とか活動の母体になる組織が弱いし活動の経験も浅いという現状で、みなさんと足並みを揃えてやっていくのはなかなかたいへんです。でも臨時パートがふえたり、オンライン化で機械が導入されるなかで中高年女性がどんどん切り捨てられたり、いろんな形で婦人のところに矛盾が集中してきているし、何とかしなくてはという思いが盛り上がっています。農協労連が主催して働く婦人の全国集会というのを82年で15回重ねてきていますが、13回ぐらいから少し性格が変わってきて「見つめよう農協の職場、考えよう私たちの生き方」というスローガンを掲げるようになっています。それまでは、婦人問題というと生休、産休とか母性保護問題などが中心だったのが、この2〜3年はそれと一緒に、推進ノルマがきつくなってきたのはなぜなのか、農家の人たちに嫌われてまでなぜその業務推進をやらなくちゃいけないのか、そういうふうに自分の仕事、農協という職場をみつめ直し、農家のためになる仕事をしたいというようなことが婦人のあいだからも出始めて、婦人の要求が「全面発達」してきたといえるのではないかと思います。それと辛いことなんかあると「私、結婚したらやめるわ」という人が多かったのが、そういう逃げてしまう弱さ、それは歴史的、社会的なものの反映でもあるわけですが、いまは逃げないで、働きつづけるためにいろんな問題を自分の課題として背負い始めた、そういう変化、成長とも結ぴついているように感じます。そして、背負いこんだ自分の課題、自分の要求を実現できる組織をつくっていこうじゃないかと、いま職場で婦人部づくりをすすめています。まだこれからという段階なのですが、そういう女性の成長と力は、ほんものの労働組合づくりに大きな影響を与えるだろうと思いますし、これから婦人連絡会に参加してやっていくなかで、農協の婦人の活動もきっとよい刺激を受けて前進するだろうと、期待しているところです。

江尻 婦人の要求の「全面発達」といわれたけれど、よい仕事をしたいという要求は、医療の場合はもともと強いのね。全医労は看護婦の夜勤協定は月10日以内しか取れてないのだけれど、10日の協定を守るのがたいへん、やめていく人もいるし産休にはいったり、そのたびにそれを補充させるたたかいを組むわけ。1人夜勤でなく2人夜勤にしろということもね。増員要求は自分たちの労働条件の問題だけど、それよりも2人夜勤にしないと患者さんの生命が守れないというところからたたかいが起きています。スト権がないから団交でやるのだけれど、子持ちの婦人も、準夜勤あけの夜中の1時からでもみんなかけつけてきて徹夜団交やってかちとるのだけれど、交渉もみな自分の権利のことだけでなく医療の中身でいうの。患者さんの身体をふいてあげたり清潔にして、食べて、寝て、排泄をしてという基本的な人間の生活を世話して早く回復するようにしてあげるのが看護婦の仕事なのに、いまはそれができない、注射と検査に追われっ放し。それでちかごろは交渉にそなえて何ヵ月もかかってデータをとるの。注射が1日何本、ガーゼ取り替えとか処置が何回、書類記入がどれだけ、検査がどれだけ、手術が何件、患者さんのそばには1日何分しかいけないとか、医療内容、看護内容のデータを示して交渉すると病院側も増員を拒否できなくなるわけよ。私たちが本当に誇りのもてる仕事とは何なのか、患者さんの立場に立った医療を守るにはどうするかというところへ目を向けて、そういう運動をしたところが要求も100%ではないけれど前進しています。

中居 たしかに婦人の要求が生休とか産休とかだけでなく、ひろがっているし、運動の領域もひろがっていると思うけれど、よい医療を守るとか、人勧凍結反対とかいうのは労働者全体の問題でしょう。婦人部だけの問題じゃない。それから労働戦線の右傾化にたちむかって、階級的ナショナルセンターを目指さねばあかんという歴史の転換期に立っているということを考えて、労働組合運動のなかで婦人部活動はどうあるべきかという位置づけを、いまもう1度整理しないとね。それが婦人連絡会の運動にもかかわってくると思うの。私とこは、かんかんがくがくやってますけど、私は親組合にも「全面発達」してほしいわ(笑い)。

だってILOの「家族的責任を有する男女労働者の機会均等及び待遇の平等に関する条約」にしたって、家庭や育児の問題は労働者全体の問題だっていっているやないの。婦人の方が要求が切実やから婦人部がいままでは一生懸命やってきたけど、婦人部まかせでしょう。

岸本 それはあるわね。統一労組懇の組合でも、婦人労働者の問題をきちんと位置づけているなら執行部にも婦人の役員をきちんと坐らせるべきなのにそうなっていない。それは坐る人がいないからだというふうにすりかえられたりして・・・・・・。

江尻 でもね、婦人自身もそれだけの力量を持っているか、そこまで達するだけの運動をやらなくちゃね。そういう婦人部活動がいま必要なのじゃないかしら。

有薗 そう。婦人も1組合員なのだから、都教組なら都教組の方針を婦人の立場でどう具体化し、実現していくか、むちろん婦人の独自要求も織りこみながら、そこに婦人部の主体性があると思うわ。婦人労働者のめざめは、いま広範囲にひろがっているのだから、婦人部が本当に力を結集して出すべきと思うわ。

金井 国公は賃金の男女平等要求は昇任昇格の問題が中心になるのだけれど、格付けを上げていくということは仕事とのかかわりなしにある程度まではいけるけれど、それ以上は当局の職務職階制のワクのなかではすすまないのよね。そこでは婦人の側が自分のやっている仕事を見つめ直していくことと、職場を守ることを結びつけていかないと切り開けない。そういうところへ婦人の目はたしかにひろがっているのはウチも同じ。だけどそういう要求のひろがりが労働組合全体のなかにちゃんとすえられているかというとそうはなっていないわね。資本の側も差別をつくっているけれど、労働者のなかでもその差別を認めあっているようなところもあるでしょう、ある程度。たてまえとしてはおかしいといっても現実にはこの程度の差ならばやむをえないとか・・・・・・。そこのところを突破するには、婦人自身が、これでは間尺にあいませんと、もう1つも2つも頑張りが必要じゃないの。全労働者の3分の1の勢力の婦人の活動が3分の2ぐらいにみえるぐらいに。まわりからみてもなるほどと、たよりになると思わせるような状態を私たち自身がどうつくっていくかだと思うわね。

川口 両方が必要なのよ。労働組合が婦人労働者の闘争エネルギーを正当に評価し、発揮できるようにもっと積極的にとりくめば、婦人労働者は統一労組懇のめざす階級的労働組合運動の誠実な担い手になるし、労働組合の力はもっと大きしなるでしょう。同時に婦人の方も婦人部も、階級的ナショナルセンターをつくっていくという、新しい労働運動の担い手にふさわしい主体的力量を高めていく努力を自らもしなくてはね。いままでのお話をうかがってそういう方向に婦人労働者も運動もすすんできていると私は思いました。そして統一労組懇はほかに比べれば、婦人の問題についても努力はしているでしょう、82年の幹部教育講座でも。岸本さんいかが?

岸本 そうね。男女双方を対象にした82年秋の第1回幹部教育講座に婦人の問題も入れて、労働運動全体の問題の1つとして勉強する、とくに男性幹部が理解する、そういう基盤をつくろうとしていますね。それから82年末の臨時総会で統一労組懇の代表委員にも婦人が加わりました。それには婦人連絡会が3年間頑張ってきた、十分とはいえないにしても、それも影響を与えていると思うし、自信もちたいわね。82年秋には『働く婦人と臨調』のパンフもつくって、統一労組懇全体の運動課題を婦人の立場からもとりくんで、婦人連絡会は一定の役割を果たしてきたと思うわ。ほんとにうれしいくらい好評でした。全国縦断大行動で三重へ行ったとき、あのパンフをコピーして男性たちが街頭宣伝用に持っているのには驚いたわ。「わかりやすいし、すぐ使える」っていうの。もう3万部売れました。統一労組懇以外の職場にもひろがっています。裏表紙につけた要求ハガキもぞくぞく集まってきてます。

地方の婦人連絡会も、京都では看護休暇の請願署名をわずかな期間で2万人分と、150団休の賛同署名を集めたり、北海道では道議会に差別撤廃条約批准決議を採択させたりしています。だんだんまわりの人たちにも婦人連絡会の活動が目にみえるようになってきていますよね。

労組婦人部の確立と婦人連絡会の強化を

川口 最後に、新年の抱負をひとこと、どうぞ。

有薗 いろいろ忙しくなってきた。健康も破壊されているというような現状や非行の問題にしたって、すごく管理体制が強くなってきたというような問題だって、何が原因になっているかといえば、やっぱり元をたどっていけば臨調路線だ、ニセ「行革」だというところになるんです。そういうようなところまではっきり見据えて、私たちの運動はこれから発展できる状況を押し上げていく運動なんだというところがみんなにわかってもらえるような、そういう運動を今年は積みあげていきたいと思います。

毎年1回定員要求集会というのを婦人部でやっているんですけれども、この臨調粉砕こそ私たちの要求実現の道なんだということで、82年は教職員組合婦人部の運動のワクを越えて統一労組懇の全国縦断大行動の一環としてこの定員要求集会を位置づけて成功させたんです。やっぱり臨調の攻撃の実態なんかも集会のなかで明らかにするなどしてやったんだけれどもそしたらみんな燃えたのね。

職場のなかに、ああ、これが統一労組懇の運動なんだな、ということが感じられて成功したのは本当によかったと思うんですよ。そういう意味では、東京の統一労組懇の婦人連絡会としても、自分たちの要求実現の問題、これがもう統一労組懇の運動なんだ、イコールなんだとね。そういう運動を積みあけていくことがすごく大事なんじゃないかと思っているんですよ。職場に渦巻くさまざまな要求と地域、父母の要求を1つにして教職員組合婦人部だからこその運動を積みあげたいと思います。

金井 やっぱりいつも感じるのは職場のなかが明るくなっていく運動をやっていきたい。国公の場合、とにかく職場でしこしこやる、決まったことだけ、上からきたことをやるというんじゃなくて、職場の1人ひとりが自分は何がやれるかということで参加していく運動、自分がやる運動というのか、そういうのをまとめる側としては具体的にきめ細かく提起をして、そのなかで創意工夫してやってもらうということじゃないかなと思うんです。最近少しずつ地域とのつながりというのが、自分らの問題を訴えに行くとか争議団やなにかの訴えを聞くという形で職場単位でひろがってきています。そういうところも1つの芽だし、いま臨調パンフなんかも大分売れてきているし、非常に評判いいし、学習会も少しずつ始まってきているし、こういう前進面を大事にして、自分の要求を人のところに行っていえるような組合員、対当局にはいえるけれども、同じような働いている仲間にいえない。そこのところがいい切れていくような運動というのを職場からつくっていきたいのです。あと単産としてはそういう運動を結集しながら、県段階での婦人の組織づくりをより意識的にやって、いまはまだ1ケタだからせめて2ケタぐらいの県段階の婦人の組織づくりを当面の課題にしたいと思うんです。

松沢 失対の仲間がだんだん減っていくなかで、若い労働者をふやしていかなくちゃいけない。仲間たちが本当にエネルギーを出し切っていくために婦人活動家集団をつくりながら、失対の仲間と若い人たちがお互いに刺激しあって生きいきした運動にしたいと思います。
執行部が知らないうちに婦人部が労働戦線って何だろうと、パートの人たちも講師を呼んで学習会をやって、臨調とはこういうものだとか、労働組合はこういうものだということがわかってきた、ということが出されているの。パートの人たちの要求も入れながら、組織を大きくし、私たちは新3年闘争の2年目を迎えているので、臨調攻撃を打ち破っていくためにもがんばっていきたいです。

山崎 農協の労働組合の場合は組織の婦人部がはっきりしていないということで、仲間の話を聞ける幹部、活動家の核づくりとか、婦人の要求を自分たちの手で要求していく活動づくりとか、そういうことが当面の課題になると思うんですけれども、農協という職場の性格からも地域に根ざした活動が大切で、地域の農業再建をめざし農協のあり方を見直す活動とか、地域に足を踏み出していく活動をやっていかないと、ただ組合長が悪いとか、会長が悪いということではすまなくなってきている。執行部の状態もそういうふうになってきているし、それぞれの労働組合で婦人労働者も農協の婦人部と交流や学習の場を持つということも当面これから考えていきたいと思っています。

江尻 臨調の姿というか、内容がいまみんな学習しながらようやくわかってきたし、こうしちゃいられないんだという自覚がだんだん強まってきているでしょう。そのなかで婦人部がいままでの権利も全部臨調で奪われるということも実感としてわいてきているから、そこで婦人部の重要性や役割ももう1度見直されていくと思うし、それで婦人部が停滞しているところはもう1回やろうと、できていないところはつくろうというテンポが早まると思うし、チャンスだとも思います。医労協は婦人は多いけれども、まだまだ婦人部が弱いですから、ぜひ形あるものにしていきたいなと思っています。

統一労組懇については、医労協の場合は参加していくという方針だけれども、実際に足がついていかない面もあるので国民の医療を守っていくという観点での運動、それが統一労組懇の運動だと思うので、婦人部でもそのへんはきちっと運動の方向としてとらえてやっていきたいと思っています。

中居 2つですね。1つは大阪の婦人連絡会もここのところちょっと低調ですので、また83年は全国に先がけて何か新たな展開をしたいということ。もう1つは、統一労組懇の婦人が中心になって亀田革新府政をなんとしても実現していきたいというこの2つです。それから、これは私の抱負というよりも期待なのですが、婦人連絡会も3年たって地方の婦人連絡含も20都道府県にできているけれど、中央・地方の婦人連絡会の運動を結合して前進させるために、それぞれの産別の機能をもっと強めることが必要になっていると思いますね。

岸本 12月14日に全民労協が発足した。そのもとでの83年春闘になるわけだけれど、臨調を推進しようという同盟寄りの路線では婦人労働者の利益も要求実現も期待が持てるわけないでしょう。だとしたら、やっぱりいまこそ本当に統一労組懇の運動を多くの未組織労働者を含めて組めるような、そしてそれを婦人の分野でどういうふうに進めていくかということが大きな課題になると思うの。そういうなかで83年春闘に向けて婦人連絡会は、労基法改悪反対、真の雇用平等法制定など統一労組懇の婦人だけでなく全国の婦人労働者のためにがんばるのだという気概をもって、共通の課題に向けての運動をもっともっと発展させたいということが1つ。臨調とのたたかいも、私たちのパンフをもっとひろげながら、宣伝と学習からさらに行動にまで83年春闘では高めていきたいですね。

もう1つは統一労組懇ももうナショナルセンター的な運動をしているわけだし、それにふさわしい婦人連絡会の運動でなきゃいけないんだけれども、実際にはなかなかそうなっていないし、それに向けての態勢づくりを強めていかなくてはならない、そういう時期だということを痛切に感じています。中央も地方もね。地方の婦人連絡会も今年はもっとふえると思います。そうなると中居さんもいわれたように中央、地方の連携プレーを強めることが課題になってくるし、単産婦人部の役割もますます重要だと思うし、それぞれの婦人部の運動の前進にはどうしても婦人連絡会の強化が必要なのだという方向で、みなさんとともにそういう婦人連絡会にしていきたいと思います。

川口 軍拡臨調推進の中曽根ファッショ内閣が誕生し、83年はいよいよ政治決戦ですね。婦人労働者の力のみせどころ、みなさんのご健闘を期待します。長時間ありがとうございました。
 

1978年3月
国際婦人年
「国内行動計画」の民主的実施にむけて


(労働運動1978年3月号)

私たち大阪府職労婦人部は、婦人労働者として、また自治体行政の担い手として「大阪府行動計画策定に対する私たちの提言づくり――婦人の地位向上にむけて府行政のはたすべき役割」というとりくみを婦人部活動の重要な柱に位置づけ、運動をすすめている。
 この活動は、今、府下の婦人から大きな期待と関心がよせられてきている。

【1】運動の出発点

1.運動方向の模索

 大阪においても国際婦人年大阪準備会が結成され、「大阪大空襲30年追悼会」「婦人の公害展」「はたらく婦人のシンポジュウム」がとりくまれ、多くの婦人がこの行動に参加した。

 1976年は、婦人問題企画推進会議の中間意見と国内行動計画概案が発表され、はたらく婦人の中央集会での要請決議をはじめとして多くの団体が政府にたいし、国内行動計画の早期策定と婦人の切実な要求の実現を、国内行動計画において具体化することを強く申し入れた。こうしたなかで府職労婦人部としても自治労に意見を反映するなかで、この年の8月に自治労大阪府本婦人部として(国と大阪府、さらに大阪府市長会(府下衛星都市首長の連絡協議会)にたいし要求書を提出した。

 その内容は、保育行政の充実をはじめとした、福祉行政の向上と自治体労働者の労働条件改善が主なものであった。とくに、大阪府には、婦人問題の行政としての総括窓口の設置を強く要請した(その後府議会における婦人議員の活躍もあり12月に婦人対策室設置にむけての担当部門――専任職員2名配置の実現をみた)。

 府行動計画提言活動の下地をつくったものとして2つのとりくみをあげることができる。

 その第1は、府職労婦人部は毎年婦人活動家(支部婦人部役員の層)を対象とし婦人労働学校を開催しているが、この年の10月の婦人労働学校では、「パネルディスカッション――革新自治体下における婦人部活動」(東京都職労、神奈川県職労、横浜市従、京都府職労、神戸市職労、大阪府職労の各婦人がパネラーとして参加)が企画され、東京都職労の「都民との対話集会」、京都府職労の地域活動、神奈川県職労の行財政のとりくみの経験が府職労婦人部運動に大きな視野と豊富な活動展開を示唆したともいえる。

 第2にあげられるのは、1976年8月に活動をはじめた統一戦線促進大阪労働組合懇談会婦人代表者会議(略称 ―― 統一労組懇婦人代表者会議 ―― 統一労組懇に結集する労組の婦人の交流の場)における討論と交流である。 この会議で、単組ではなかなかとりくみえない課題についての討論がおこなわれ、交流が深められていたが、みんなが関心をもちながらも手がつけられなかった、世界行動計画やベルリン大会のアピール、ILO60回総会の活動計画について、民間の婦人労働者も含めた討論や検討が行なわれ、このことが自治体労働者の任務をより鮮明にしたといえる。

2.世界行動計画の学習

 世界行動計画は、国連憲章、世界人権宣言、婦人にたいする差別撤廃宣言にうたわれた平和への追求、基本的人権と人間尊厳の侵されざる権利、男女同権の基本的理念を再確認し、過去30年間にわたる植民地支配からの解放、民族独立のたたかいをはじめ、婦人の地位向上、男女差別解消をめざしたさまざまな国際的とりきめや、各国における婦人運動の成果を大きく評価している。

 しかし、一方では、婦人をとりまく現状がまだまだ多くの困難と問題をかかえていることを指摘し、婦人の地位向上にむけては総合的で具体的な計画と戦略が重要であるとしている。

 そして、婦人が真の、かつ完全な意味で経済的、社会的、政治的生活に参加できる社会概念を定め、社会がそのように発展していくために法・制度上の整備、社会・経済構造上の問題の解決を政府の責任としており、1976年から1985年の10年間に具体的目標を定めその推進を求めている。

 学習のなかでこれら世界行動計画の基本理念とその方向を正しく理解したことが、府職労婦人部の運動をすすめるにあたって重要な意味をもったといえる。

3.政府の「国内行動計画」をどうとらえるのか

 府職労婦人部は世界行動計画の学習から、政府の「国内行動計画」にたいする見解については、今日までの婦人運動や世界行動計画が主張しているのところの国内行動計画の重要性をふまえた十分な討論のすえ、一部で言われているような「国内行動計画粉砕」「体制的合理化の一環である」といった立場に陥いることなく、次のような立場を確立した。

 国内行動計画は、本来世界会議で採択された世界行動計画やILO第60回総会決議、活動計画、宣言等に基づいて作成されるべきものである。

 また、「婦人に対しておこなわれている法制上の特別措置についてもその合理的範囲を検討し、科学的根拠が認められず男女平等の支障となるものの解消をはかる」としており、「保護ぬき平等論」に同調し、労基法改悪の危惧を含んだ内容となっており、こうした危険な方向を見のがすことはできない。

 したがって、国内行動の婦人の十年を私たちの運動で、婦人の平等要求の前進を勝ちとっていくという運動方向をもち、政府の「国内行動計画」の限界性と意義を正しくとらえて運動をすすめることが重要である(国内行動計画に対するとりくみをすすめるにあたっての府職労婦人部の基本的立場――常任委員会見解)

【2】府行動計画策定にたいする提言づくり

 世界行動計画は、勧告の対象を「第1義に各国政府、そしてすべての公的機関、及び民間の機関、婦人団体、青年団体、使用者、労働組合、マスコミ、非政府機関、政党およぴその他のグループ」(世界行動計画第1章27)としている。

 これをうけて府職労婦人部の運動方向として、「世界行動計画を指針としながら、婦人自らの手で政府の果すべき責任と「国内行動計画」の見直しを追及していきます。そして、公的機関としての大阪府の果すべき責任を明確にし、府行動計画の策定を要求していくと同時に、自治体に働く婦人労働者の立場から、府行政を見直すなかで府行動計画策定にむけて積極的に提言をおこなっていきます」(常任委員会見解)とし、この提言づくりの活動を府職労婦人部活動の位置づけとして次の点をあげている。

1.婦人部自治研活動の一環である。

 自治体労働者は、自らの労働者としての要求とともに、住民要求をも統一的に実現していく任務があります。府行動計画提言活動はまさにこの視点の活動であり、府下の各層の婦人の要求を施策化し、実現していくとりくみであり、婦人部自治研活動の重要な柱となるとりくみです。

2.府職労行財政点検活動の一環である。

 府職労は、近年の地方財政危機の打開をめざし、府行財政の民主的、効率的運動にむけて行財政点検活動を活発に行なっていますが、府行動計画提言活動は、婦人組合員自らが、婦人に関する行財政を見直し、点検し、住民本位(婦人の地位向上にむけて)の民主的、効率的な行財政を確立していく運動です。

3.第3期黒田革新府政の婦人の政策づくりの一環である。

 革新府政下の自治体労働者として私たちは、第3期黒田革新府政実現のため大きな役割を果たさねばなりません。

 したがって、直接行政を担っている私たちが第3期黒田革新府政の婦人政策をつくっていかなければなりません。府行動計画提言活動こそ、まさにその基礎となる活動です。

4.すべての婦人とともにたたかう婦人運動の一環である。

 府行動計画提言活動は、府行動計画策定を要求すると同時に、婦人の平等要求実現にむけて、国に対する婦人政策、労働政策の変革をせまるたたかいであり、未組織労働者や地域の婦人とともに、婦人の解放をねがう大きな統一行動であり、婦人労働者としての課題です(1978年度府職労婦人部方針)。

 この観点でとりくんだ提言活動は、婦人自らの手によって「農家婦人の現況」「母子福祉」「職業訓練、雇用対策、労働者福祉の現況と問題点」「婦人と生活環境」など12の分野にわたり、大阪における婦人の現状と課題――提言第1次案として170ページにおよぶ冊子にまとめられた。

 この活動をすすめるにあたって当初婦人部役員の受けとめ方は「婦人だけでこんなことできるんやろか」「どうまとめたらええかわからへん」などといった消極的な意見から、「一定の文章なら役員クラスでまとめることできるけど全組合員のものにするのはしんどい」といった様々な意見が婦人部長会議でだされていた。

 これをうけた常任委員会は、常任委員がまず自分の仕事を通じた提言のたたき台をつくりあげ、それにそくして各支部にテーマを提起し、支部ごとに学習会を組織し、婦人部の運動方向を説明した。

 こうしたなかで、支部においては全婦人組合員を対象としたアンケートの実施など創意的活動がとりくまれるなかで中間集約の婦人部長会議ではそれぞれが支部のとりくみ、現状を生き生きと報告するようになった。

 そして第1次案をもとに府下70余の団体に呼びかけて「府民との対話集会」を開催し、府民との交流、討論をした。

 この集会では、「府下の農村婦人の現状がこのように全般的にとりまとめ分析されたものは行改も含め過去になかったのではないか、読んでいくなかで涙がとまらなかった」(新婦人)、「婦人と生活環境のなかに公営住宅の入居基準の問題が指摘されているが、私たちもこの問題について府にも要請してきたが、建築行政に婦人がかかわってこういう問題意識をもっておられることは心強い」(独身婦人連盟)、「業者婦人の問題があまりとりあげられていないが、農家婦人とにかよった現状にある商工部に働くみなさんとともに運動をすすめていきたい」(大商連)など多くの意見がだされた。

 この府民の積極的な意見は、この活動にとりくんだ婦人に大きな確信を与えるとともに府民とともに前進することの重要性を実践的に学んだといえる。

【3】現時点における総括

 府職労婦人部は、提言第1次案作成から府民との対話集会までの運動の総括を次のようにあげている。

1.自治体労働者の任務を果たしうる婦人部活動を展開することができ、婦人部自治研活動の基礎を築くことができました。

2.「生きがいのある仕事」「働きがいのある職場」への展望を示すことができ婦人部活動の質的、量的強化を勝ちとることができました。

3.第3期革新府政の婦人の政策づくりの基礎を提起することができました。

4.府民との対話集会を初めて開催し、今後の婦人分野での共闘の基礎を築くことができました。

5.しかし、全体として行政の現状にたいする問題点の指摘、現状の把握にとどまっており、現状の組織機構の矛盾や不合理、国と自治体の行財政制度上のしくみや問題点など当局との交渉による提言の具体的実践と併せてまだまだ不十分な点を多く残しています。これらの弱点を克服し、府行動計画提言活動の目的を達成するため引き続き運動を強めなければなりません。

としており、この活動を重視するなかで婦人部活動の質的発展をめざしている。こうした運動方向にたいし、自治体労働組合運動のなかでは「自らの要求を解決することなしに、住民共闘などナンセンス、まず労働条件の改善を勝ちとることが大切だ」との意見が一部に存在しているが、府職労婦人部はこの1年間の独自要求のたたかいのなかで、病院職場保育所の直営化、風しん抗体検査をうけるための職免の実施、乳ガン、子宮ガン検診実施の確約など自らの労働条件改善を勝ちとってきている。

 住民本位の行政を確立することは、そこに働く自治体労働者の労働条件の改善と不可分であり、このことを統一的に追求してこそ自治体労働者の要求が前進することを実践的に明らかにしたといえるだろう。

【4】平等要求実現にむけてのたたかい

深刻な不況とインフレが続き、雇用不安、「合理化」が進行するなかで婦人労働政策も「婦人の能力開発」「保護よりも平等を」といった巧妙な分断攻撃がもちこまれ、男女格差のみならず婦人の間にも格差が広がっているといわれる現状のなかで、77年度『婦人労働の実情』によると雇用婦人労働者は1203万となり今日までの最高を示している。

このことは、現在の経済状況のもとで働かざるをえない婦人の増加、「合理化」攻撃で不安定雇用の婦人が増加の1途をたどっていることを物語っているといえる。婦人の労働権を確立し、真の男女平等を実現するには、さらに大きな運動の展開がもとめられていると考える。府職労婦人部の提言活動の経験は、企業内のたたかいにとどまることなく、住民とともに前進する自治体労働者の任務を果たしただけでなく、婦人労働者の「働きがいのある仕事をしたい」という平等要求にこたえた点で重要であった。

また、ここ数年来重視され運動が発展している自治研活動にたいし、世界行動計画という絶好の課題があったこともさることながら「婦人の地位向上にむけて自治体行政の果たすべき役割」といった、今まで見過ごしかねなかった視点を提起しえたことは、今後の自治体労働組合の婦人部運動に新たな発展方向として受けとめられるのではないだろうか。

そして、東京や京都に学びながら大阪が新たな運動を提起し、そこから全体の運動が発展するというふうに、それぞれが牽引力の役割を果たしていくことの重要性も明らかになった。

さらに、世界行動計画の民主的実施という府職労の提言活動は、婦人労働者のみならず婦人全般の平等をはかる要求を実現していくという点ですべての婦人を結集し、政府の婦人政策の基本を問い直すたたかいであり、国政の革新、民主的自治体の建設という目標をもった、婦人運動の今日的課題として位置づけることの重要性を実践的に明らかにしたといえるのではないだろうか。

(大阪府職労婦人部長)
 

1976年11月
〈職場レポート〉
自治体に働く婦人労働者の現状と運動の方向

中居 多津子
自治労大阪府本部婦人部長、大阪府職員労働組合婦人部長


(賃金と社会保障 '77年婦人労働読本)

今日の深刻な経済危機のもと婦人労働者にかけられている攻撃は、いっそう鋭く、また、全般的なものになってきている。

自治体に働く婦人もその例外ではなく、とりわけ、未曽有ともいわれる戦後最大の地方財政危機のなかで、自治体に働く婦人労働者にかけられている攻撃の主なものに、(1)退職勧奨にあたって男女の年齢差、夫が管理職の場合、有夫の婦は35歳、結婚、出産など様々な理由によって、中高年婦人をはじめ既婚婦人を中心に実質的な退職の強要。(2)女子不採用、雇用差別による自治体職場からの婦人のしめだし。(3)そして大企業本位、住民きり捨て政策による「合理化」の進行があげられるのではないだろうか。

こうした攻撃は、都道府県、政令都市、市町村と自治体の行政内容の差異、職員構成の差異(婦人の職種は、都道府県レベルで30数種、市町村レベルではその半数以下といわれている)、また、保守自治体と革新自治体、「さらには、その自治体の労働組合が、自治体労働者の労働条件の改善と住民要求とを統一的にとらえるか、労働条件を第一義としてたたかいをすすめるのか、といったさまざまな条件や要因によって、攻撃のあらわれ方もちがっている。

そして、先にあげた攻撃を全体として許していない自治体が少なからずあるのも特徴の1つである。

【1】自治体にあらわれている攻撃の実態

1.婦人への差別退職勧奨・採用

公務員労働者には、定年制がなく、退職勧奨という制度が存在している。
この制度は、地方公務員法の身分保障を基本として、あくまでも「任意による退職者」にたいする制度であることは明らかである。しかし、自治体当局に一方的に悪用されることになれば、実質的な定年制の導入であり、さらにすすんで第1表のように、婦人にたいして勧奨年齢を引き下げ、それを強要している実態は、首切り以外のなにものでもないだろう。

自治体職員の3分の1は婦人であるといわれている。しかし、この数字は、看護婦、保健婦、保母といった婦人に限ぎられている職種もふくめた数字であって、一般行政の分野での婦人の数はきわめて少数である。

採用時における差別の問題は、昨年の国際婦人年のなかで国家公務員の行政事務Bの実態が国会審議でもとりあげられたが、自治体における地方公務員の実態は、労基法の女子保護規程を名目としながら婦人を極端に少なく採用することがねらいとなっている。

この採用区分制度の導入が都道府県庁レベルで60年代後半から70年代前半に集中していることは、婦人労働者の増加ともあいまって、自治体職場から婦人をしめだすことをねらいとしているのは明らかであり、自治労の調査では、都道府県庁で初級行政職採用時におけるA項B項の区分を実施しているのは17県にのぼっている(調査は31都道府県)。そしてこの傾向が市町村へと広がりつつあるのも大きな特徴といえるだろう。

こうした動きにたいして、昨年の国際婦人年の運動のなかで、大阪府、大阪市、横浜市においてはその制度の撤廃をみたが、一方地方財政危機の名のもとに、職員そのものを採用しない、採用区分の制度はないが実質的には女子を採用しないなどの実態がここ数年広がりを見せている(自治体の調査では第4表の通り)。

第1表 退職勧奨に8歳以上の年齢差をつけているところ

第2表 男女差別の対象勧奨の主なもの

 

第3表 一般行政職採用において区分を設けている自治体

 

第4表 女子採用の実態

 

2.「合理化」の進行とすすむ母体と健康の破壊

自治体における「合理化」といった場合、現業部門の民間下請化や給食センター方式の導入、病院部門の独立採算制、保健所の統廃合など常に住民サービスを無視し、大企業本位、地方自治破壊の方向がつらぬかれており、直接住民と接する部分にそのことが進行しているのが大きな特徴といえるだろう。

こうしたなかで住民需要の増大ともあいまって事務量の増大、労働密度の高まりのなかで母性と健康の破壊がいちじるしく進行してきている。

職業病といえば保母のけいわん障害、腰痛症、キイパンチャー、タイピストのけいわん障害が代表的なものといわれていたが、今や自治体職場においては、給食調理員の洗剤使用による皮膚障害、看護婦の血液採取の注射器の扱いによるけいわん障害、一般事務職の目の疲れなど労働密度のたかまり、労働強化によって、新たな職種、職場というより、ほとんどの職種、職場において仕事に起因する健康の破壊がすすんでいる。

これらの実態の把握は自治労全体として十分でなく、他の調査にくらべ質問項目の設定から調査方法、分析についても専門的知識を必要とすることから、その傾向を正しくとらえた調査は少ない(編集部注−本誌11月上旬号を参照して下さい)。

【2】自治体における婦人の状態

1.諸権利の状況

自治体に働く婦人労働者は40万を越え、そのうち自治労に結集しているのは35万に達するといわれている。
自治体の婦人労働者の諸権利の水準は労基法を大きく上回っており、国の人事院規則の定めによる国家公務員のそれよりも部分的に高い水準にある。これは、地方公務員法第24条の6(職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める)を基本として、各単組の今日までのたたかいのなかで大きな前進がかちとられてきたものである。

こうした労基法の基準を上回る実績とともに、労基法には明記されていない要求(妊娠障害休暇、妊産婦の通院休暇、妊婦の時差出勤など直接的な母性保護)についても実現させてきている。
これら前進をみた諸要求は民間をもふくめた要求課題になりつつあり、婦人の諸要求前進に一定の役割を果たしてきたのではないだろうか。

しかし、自治体間の格差のひろがりもみのがすことのできない問題であり、町村レベルでは人事院規則に定められた項目が制度として確立をしていないところも数多くある。こうした状況のなかで、いま自治体の婦人運動のなかでのもう1つの特徴は、「子看休暇」「看護休暇」「予防接種休暇」「参観休暇」「更年期障害休暇」「育児時間の期間延長」といった70年代前半にごく一部の自治体で制度化をみた要求が全体としての運動になりきれずに、その後も全国的に前進をみることのないままになっていることではないだろうか。

2.婦人の要求と労働組合の対応

生活環境の悪化、社会的条件の不備、労働環境の悪化がいちじるしいこと、婦人労働者の増大、年齢層の拡大等があいまって、自治体職場にかぎらず婦人の要求は多様化してきているといわれている。

自治体の職場においても、一般的な労働条件改善の要求から、地方自治を守る課題や住民の立場にたった行政の推進、自治体労働者の任務と役割が大きく求められてくるなかで、自治体に働く婦人労働者は仕事の問題をもふくめ様々な要求をかかえている。

しかし、要求が多様化してきているといわれているが、多様化の中身は何なのか――ただ単にそれぞれの要求を個別に羅列することによって、要求の多様化というとらえかたにとどまっているのではないだろうか。そして、要求解決にむけても、婦人に責任ある仕事があたえられないことをとらえて“男女差別をなくせ”と叫びつづけている実態や、中高年層婦人からだされた「更年期障害休暇」(あえて「 」をつけておく)についても切実であるからと、即「休暇」要求としてたたかいをすすめているという実態は、要求の多様化に対して一見対応しているように見えるが、その要求の背景にある根本的原因にするどくせまったたたかいが組織されているといえるだろうか。

たとえば、婦人の更年期障害についても、その現われかたは人によってさまざまであり、その対策が休暇だけで解決するとは考えられないし、職場に存在している男女差別の解消についても、古い社会通念だけの問題としてとらえるのでなく、それを解決できる条件をかちとってゆく要求(研修の機会を婦人にももっと与えてゆく、採用を多くし、婦人が仕事にたずさわる状況をつくりだす等)をかかげて運動をすすめることも必要となっているだろう。

 

〈更年期障害に対する措置要求の考え方〉

自治労大阪府本部婦人部

中高年層のはたらきつづける婦人が増加をしてくるなかで更年期障害に対する措置要求が強まってきています。
このことは、職場環境の悪化、労働密度の高まり通勤時間の延長、精神疲労等さまざまな要因が考えられます。
更年期における障害や症状はさまざまであり、また成人病の症状と重複してあらわれる場合が少なくありません。
このようななかで、更年期に達した人はまず成人病のあらゆる症状にてらし、それに該当しないものについて更年期障害としてとらえているというのが現状です。

こういう現状のなかで、私達はまず成人病に対する徹底した予防の立場にたって成人病に対する健康診断(人間ドックも含む)の充実を使用者の責任で行わせること、第2には、更年期障害の治療について、更年期障害の特殊性から、長期にわたって通院加療の必要なものに対する措置、自宅療養、安静さらには業務軽減の必要なものに対する措置等個人、症状によってさまざまな対応が必要となってきています。また症状についても長期にわたるものと、断続的なものとさまざまです。こうしたなかでこれらに対する措置としていま職場では「更年期障害休暇」の設置要求が強まってきています。特に婦人の場合更年期は男性とちがってその時期が集中してあらわれるのが特赦です(2〜3年)。以上のような考えの上にたち私たちは次の立場で運動をすすめます。

(1) 更年期障害は疾病(疾患)としてとらえること。
(2) さまざまな症状に対応できる内容としていくこと(特休、病休、通院保障) 
(3) 男性も含めた要求としていくこと。

また、先にふれた「子看休暇」、「看護休暇」、「参観日休暇」等の要求についても医療制度、社会保障制度改善、教育の民主化運動と結合させるなかで、企業内要求をどのように位置づけるか、「育児時間の期間延長」についても労基法規定の授乳時間の規定を打ち破ることができずにいるといった現状を見るとき、労働組合として要求の多様化をたんに抱括的にとらえるのでなく、要求があることは否定できないが、要求の性格を明らかにし個々の要求についてもっとつっこんだ論議とその整理――理論化が求められているのではないだろうか。


【3】自治体婦人労働者運動に求められているもの

以上のような、攻撃、状況、要求のなかで労働組合運動として、婦人の権利を守り、自治体に働く婦人労働者としての様々な要求の解決をはかると同時に、自治体労働者として真に住民の立場にたった行政をすすめる担い手としての役割の追求が求められているとき、運動の方向や進め方についても具体的に、しかも全労働者の課題と結びつけ、婦人の問題を婦人だけのものとしておかずに、大きな運動の展開が必要だろうし、また自治体労働者は、全国のどんな小さな町や村でも組織をもっているという有利さから、その中心部隊としての運動が求められているのではないだろうか。

大阪における運動のなかでは、婦人の諸権利の水準は自治労のなかにおいても高い水準を勝ちとっており、その特徴は、大阪府下44の自治体でほぼ同レベルにあることである。

このことは、つねに要求討議を徹底しておこなうことに加えて、討論の到達点を全組合員のものにしていくことにかなりの力をそそいでいることにある。たとえば、更年期障害の措置要求にたいする考え方や、育児休暇制度の位置づけなどについても指導機関(常任委員会)で討議し、一定の考え方を示し、1年間の下部討議を行なうといったやり方。

こうしたなかで大阪においては、健康管理や健康診断の内容の充実、育児休業法の条例化についても多くの自治体において全職種適用、職種の拡大を勝ちとってきている。

地方財政危機のなかで、今日の自治体労働者の運動は、今日までの運動の概念を打ちやぶり、行財政の点検や見直し、民主的行財政機構の改革といった、自治体行財政そのものにたいする運動が展開されようとしている。
婦人運動の分野においても、こうした課題に積極的にとりくみながらも、婦人の権利拡大をかちとるためのねばりづよい運動も今まで以上に重要となってきている。しかし、労働組合における婦人運動も、今一度要求討議に徹底した力をそそぎ、その理論的整理が必要ではないだろうか。

たたかいの前進は、婦人のたたかうエネルギーの結集とともに、たたかいの方向や道筋が明らかにされ、そのたたかいの力と大きく結合されたときこそ展望がひらけてくるのではないだろうか。
 

1976年9月
大阪における育児休業法実施をめぐる労働組合の経験から
育児休暇制度闘争の到達点


 

【1】育児休業法成立までの労働組合の取り組みとその問題点

1.自治労をはじめ全国的なとりくみ


(労働運動1976年9月号)

総評は、1971年に育児休暇制度を正式に要求にかかげたが、民間、官公労それぞれの運動にたいする指導が明確であったとはいえず、日教組の法制化闘争、自治労の自治体闘争、民間における企業内闘争とさまざまな運動方向がみられた。

さらに、それまでの国会審議では「国立及び公立の義務教育諸学校などの女子教職員の育児休暇に関する法律案要項」(1967年)、「女子教育職員育児休暇法案」(1970年)の名称にも明らかなように女子教職員を対象に育児休暇制度が審議されていたが、1972年の68国会において自民党より、看護婦にも適用すべきであるとの動きがでてきた。

これに対して「自治労本部は婦人部、衛生医療評、社会福祉評および保母、看護婦の代表による合同対策会議をひらき『3原則』(有給制、選択制、原職復期)に加えて代替え要員確保と適用職種の拡大を基本に立法化にとりくむことを確認し」たが、「『保母、看護婦まで拡大するのは女子教員の育児休暇法案の成立を危険に陥れるもの』との日教組の主張と、総評段階での調整にもとづき『女子教員の育児休暇法案』の参議院通過まで具体的取り組みを中止し」、法案は衆議院において廃案(1972年度自治労婦人部方針より)になった。つまり、この時点ではそれぞれの労働組合の要求と闘いの方向が必ずしも1つの流れに統一されてはいなかったのである。

そして、1975年の国際婦人年という新たな条件のもとで「育児休業法」の成立を見ることになる。
だが、労働組合での運動は、全体としては、1972年の68国会の教訓がいかしきれず成立までのたたかいも個々ばらばらに行なわれ、労基法改悪反対やILOの批准促進のたたかいのように総評全体としての大きなたたかいにはなり得えなかった。

このことは、本誌5月号の山田郁子論文に明らかにされている労働組合における母性保護要求と育児要求が整理され正しく位置づけられていなかったことと、労働組合における保育所要求運動のかかわりの度合や経験、制度要求に対する運動の未熟さや企業内セクト、さらには政党と労働組合の関係でいうならば、日教組の法制化闘争が日政連議員を通じて行なわれ、自治労の国会対策が組織内議員を通じて行なわれるという「特定政党支持」の枠内での運動が国会の内外を通じて大きな運動とならなかったなど、多くの問題を含んでいたといえよう。

2.大阪における運動

私たち自治体労働者の大阪における運動は、大きく分けると1969年〜1972年までの育児休暇要求をめぐって主に組織内における討議の時期、1972年の勤労婦人福祉法の成立と68国会での看護婦問題をきっかけに自治体当局に要求をはじめた時期、そして1975年の「育児休業法」成立後のたたかいの3つの時期に区分することができる。
まず第1時期の論議のなかでは、専門職より一般事務職においての方が育児休暇を望む声が高かった(1970年に自治労が行なった調査での大阪府職労の結果)。

また、保育所運動を経験し、苦労をしながら働きつづけてきた人たちのなかから保育所運動とのかかわりで育児休暇要求に消極的あるいは反対の声も少なからずあった。

1969年6月の長野県上田市における「育児休職制度」の発足は、自治体労働者に1つの具体的事例として多くの関心を呼び、さらに多くの論議を呼びおこした。

《上田市における育児休職制度》

期間・・・生後3年まで(6ヵ月単位)
無給・・・共済掛金は本人負担
その他・・・退職手当の算定は休暇期間中の2分の1を除く。
     昇給は育児休暇の期間を延長する。
対象・・・全職種

となっている。


こうしたなかで自治労大阪府本部婦人部は、1973年に「育児休暇制度について視点と運動方向」という基本的見解を明らかにし、組織内の討議につぎのような一定の方向を示した。

「・・・・・・育児休暇要求は婦人が働きつづけるために、婦人労働者の労働権を確立するための基本的要求ではなく、当面保育所にあずけられないほどの理由でやむ得ず退職せざるを得ないひとびとの要求として1時的、部分的な要求であるということです。基本的要求を重視しながらも、部分的要求を正しく位置づけ、婦人労働者全体を結集し・・・・・・」

これは、同じく自治労婦人部の育児休暇にたいする考え方
「育児休暇制度の実現は婦人が働きつづけるための条件づくりの具体的取り組みの1つとして位置づけ・・・」(1972年度自治労婦人部運動方針)をより発展させたものといえよう。

こうした討議の到達点をふまえ大阪において要求闘争に入るわけだが、自治労全体としても「育児休業法」成立までに自治体当局に要求を提出していた単組は少なく、大阪においても大阪府職労のみであった。

これは、要求は整理されたが要求解決にむけての展望とその運働方向が自治労全体として明らかにされていないなかでは、当然のことであった。この時期に育児休暇制度の実現をみた多くの自治休において、当局提案により制度化されたこともこのことを裏づけているといえよう。

また、労働組合内部では、1960年代の「合理化」攻撃のなかで母性保護要求が高まり、一定の前進を勝ちとった(生休の有給化、産休の延長、育児時間など若年の既婚婦人の要求)が、若い婦人の要求が中心となっており、中・高年層の婦人の「更年期障害休暇」要求をとりあげて要求書を提出したら、マスコミの総反撃をうける(東大阪市職労)といった事態もみられ、育児休暇制度を要求することに労働組合として一種のとまどいがあった面も否定できない。

【2】育児休業法成立後のたたかい

1.国会の動きとその対応

「育児休業法」は、議員立法という点で国の行政側の受けとめや施行(実施)にむけていくつかの段階(給付にたいする人事院勧告、政令にゆだねられた職種の決定)と、法文の解釈も含め多くの問題を含んでいた。
しかし、「育児休業法」に直接かかわる日教組、自治労、国公労連の共同闘争は行なわれることなく、「育児休業法」の実施にむけて地方段階でのたたかいは、一種の混乱と困難に直面した。
とりわけ自治労においては、職種問題が論議の中心となり、「特定職種に限られたことは労働者の職種分断である」「人材確保をねらいにしているのだから合理化攻撃の1つである」との否定的意見もで、単組における取り組みの態度も「5原則」「3原則と2つの基本要求」「4原則+全職種」「職種拡大」などさまざまな状況がうまれた。

一方、国の動きは、1975年7月に法律が成立したにもかかわらず、給付に関する人事院勧告がでたのが1976年3月11日、厚生省の政令が1976月3月23日の閣議で決定されるなど法施行直前にしか具体的問題が明らかにされず、地方においても4月実施を見送る自治体や、国の動向が明らかにならない時点で自治体独自の判断を示さないところも多かった。

また、この間、自治省や文部省から法文解釈の一方的な見解がだされるなかで労働組合と一定の合意に達しながらも国の姿勢にてらし合意事項をひるがえす自治体がでるなど、多くの困難に直面した単組もすくなくなかったと思われる。

2.地方段階における共同闘争とその成果

<1> 府職労の取り組み

大阪府職労では、「育児休業法」が成立した時点で常任委員、婦人部長会議(支部婦人代表者により構成)で討議を行ない、一定の方向を明らかにし、討議資料を作成して4000名の全婦人組合員に配布し討議を組織した。

 「育児休暇制度をよりよいものに ―― 全組合員で討議をすすめよう」(大阪府職労婦人部の討議資料)は、婦人みずからの労働権の保障と子どもが育つ権利 ―― 発達権の保障の要求から育児休暇制度を正しく位置づけ大阪府の条例化にむけて職場討議をすすめること」を強調し、「育児休業法とはどういう内容をもった法律なのか」についても、第1条の立法の目的は「・・・・・・看護婦、保母等の特殊性にかんがみ・・・・・・看護婦、保母等の継続的勤務を促進しもって・・・・・・業務の円滑な実施を確保することを目的とする」「今回の立法が一定の職種に限定されたことにより、その職種の特殊性を強調しながらも業務の円滑な実施を確保するために勤務の継続を尊重したことは、今日まで育児の問題が個人的問題としてやめざるを得なかった婦人達にとってこの目的の趣旨から見るならば一定、婦人の働きつづけることが保障されたといえる」と評価するとともに、「育児休業法」は「私たちがかかげてきた(イ)有給制、(ロ)選択制、(ハ)原職復帰、(ニ)全職種適用、(ホ)正職員による代替え要員の確保、から見るならば多くの点で不十分な内容」で「多くの面で私たちの要求とはほどとおいもの」と指摘した上でつぎのようにのべている。

「現在政府のすすめている保育行政(0歳児保育の不足、病児保育の未実施、保育所の絶対数不足)のなかで育児の問題が解決しないことにより、働きつづける意志をもっている婦人が職場をはなれていかざるを得ない状況は今日も基本的には解決していません。

私たちは、婦人労働者のかかえている育児の問題の解決、婦人の働きつづけていく権利の保障は、基本的には保育行政の充実、労働時間の短縮、産休をはじめとした諸権利の拡大をめざすのが基本だと考えています。
しかし、そういった労働条件や社会的条件が完備されていないなかで、一時的、部分的要求としてとらえた育児休暇制度の要求から見るならば一定の足がかりができたものとして評価することが必要です。

●たたかいの方向

[1]政府、自治省にたいするたたかい
婦人労働者自らの労働権の保障と子どもが育つ権利――発達権の保障の立場から育児休業法の内容の改善、保育所行政の充実、労働基準法の基準引き上げのたたかいを統一的にすすめなければなりません。

[2]府の条例化にむけてのたたかい
こういった制度要求の前進は国にむけてのたたかいが大きなカギをにぎり、地方におけるたたかいで大幅な前進を勝ちとることは困難な面をもっています。
しかし、できるかぎり、条例化のなかでよりよい条件を勝ちとることも重要です。
府職労婦人部としては次の項目について、法解釈も含め、明らかにするように府当局に要求していきます。

1)(略)
2)(略)
3)育児休業期間中の給与については、引きつづき働く立場を明らかにした労働者に対する保障、育児の社会的責任の面からみても、本人が共済掛け金をはじめとして、身分維持していく上で必要な負担はもちろんのこと、生活を圧迫しない十分な給付が必要である。
4)(略)
5)(略)
6)・・・・・・育児休業法の実施をもって育児時間やその他の権利行使について制約を加えないこと。
また、病院職場保育所の当局責任を回避しないこと。
7)府職員の使用者としてだけでなく、保育行政の責任をもつ自治体として大阪府は、市町村にたいする行政指導と援助を積極的にすすめるとともに父母が直面する新たな問題について善処すること。
具体的には、第2子以降におこる問題として、第2子に対する保育所の措置ができず、やむなく育児休業をとった場合、第1子を保育所から退所させる方針を明らかにしている自治体もある。(以下略)」 

<2> 府労連としての取り組み ― 大数組との共闘 

大阪府職労はこうした組織内での取り取みと併行し、対大阪府レベルでの企業連組織である府労連に対して取り組みを提起するとともに、「育児休業法」の対象である大阪教職員組合(大教組)との共同闘争を重視した。
そして、大阪府職労婦人部と大教組婦人部との話し合いのなかで、大阪府に対して一致して要求していくもの(府労連に提起するもの)、単組で取り組んでいくものの要求整理が行なわれた。

とりわけ、有給にたいする考え方は、自治労の80%要求、日教組の30%要求については国の動きも含めた情勢分析のなかで府労連の要求項目にあげたような一致点を見いだした。

また、今日までの府労連闘争のなかでは、婦人が団体交渉の場に参加することがなかったが(府職労、大教組それぞれの組合においては、婦人の独自要求にもとづく独自交渉は確立していた)、今回の取り組みの場で府労連参加の組合の婦人部役員(婦人部長、副部長、常任委員)の団体交渉に参加が実現した。このことは、府職労と大教組との婦人部の話し合いのなかで「婦人の問題について婦人が交渉の場に参加する」ことを重視し、おたがいに基本組織(親組合)に意見をあげるなかで実現したものである(結果として「育児休業法」実施の府労連のたたかいのなかでは、婦人自らが資料を作成し、要求を整理し、交渉もほとんど婦人が占めて行なわれたことは、要求の前進とともに労働組合運営での大きな前進となった)。

また「府労連として確認した要求項目」は、
[1] 法律成立の背景、法律の目的、勤労婦人福祉法の趣旨から労働権保障の立場を明らかにすること。
[2] 他の自治体実施状況を調査し、検討すること。
[3] 適用範囲については法律の趣旨から全職種に適用すること。
[4] 給与については有給を原則とし、育児休業法の実施をもって財政的な剰余を追求しないこと(病院職場保育所の当局責任、代替え者の確保など)。
[5] 第7条の不利益な取り扱いの項目については、原職復帰を明らかにすること。
[6] 第15条の代替え要員の確保については、配置転換、非常勤雇用など安易な方向をとらず、正職員による代替えを義務づけること。
[7] 市町村に対する保育行政への指導と援助を引き続き進めるとともに、育児休業法の実施に伴う具体的な問題についても、父母の負担、困難な状況を生まないように対処すること。
[8] 組合員の選択制を保障すること。
[9] 育児休業中の競合(病気欠勤など)の取り扱いについても本人の不利益にならないような扱いをすること。
[10] 代替え要員の確保について伴う職員定数については別途それぞれの組合との話し合いに応じること。であった。

また、府職労、大教組では、大阪府に対して要求書を出すとともに、大阪府の人事委員会にたいする交渉も行なってきた。そのなかで、大阪府人事委員会は、3月24日に国の人事院勧告にもとづき「育児休業の許可をうけた女子教育公務員に対する給付等に関する意見について」、知事、議長に申し出るとともに、「口頭要望事項」として、
[1] 育児休業給は、育児休業中の女子教育公務員等の身分保持に要する経費を負担するものであるという趣旨にかんがみ、育児休業中の女子教育公務員等の府職員互助会、府教職員互助組合、または府警察職員互助会に対する掛金に相当する額を府において負担されをことを考慮されたい。
[2] 育児休業法第2条第4項に規定する政令で定める者の決定に当たっては、同一施設内における類似職種の均衡を考慮されたい。
[3] 育児休業の期間の前後の取り扱いについては、代替え要員の臨時的任用その他の公務運営上の都合を考慮されたい。
との人事委員会としての姿勢を明らかにした。

これは、私たちが要求、指摘していた(顱僕給、()職種の拡大、()学校や保育所での対入所児や生徒に対する問題としてスムーズに保育や授業が行なえるようにという点で1つの足がかりとなった。
さらに「府当局の回答と確認事項」はつぎのとおり。
[1] 育児休業の選択制
育児休業法第3条第1項による申請は、あくまで本人の自由意志にもとづくものであり、強制はしない。
[2] 条件付採用期間中の者の取り扱い
法律どおり育児休業の対象としない(協議事項)。
[3] 許可申請の時間
代替要員その他育児休業に伴う所要の措置を必要とするため、育児休業を始めようとする日のおおむね1ヵ月前とする。
[4] 育児休業の許可
申請者にたいしては、法の趣旨を尊重し、育児休業ができるよう努力する(代替え要員の確保状況を理由に不許可にしないという意味)。
[5] 再度の許可申請および再延長の許可申請における特別の事情 
申請時に予期し得なかった事情とは子の養育に重大な障害が生ずるおそれのあるときをいう。
[6] 終了事由(期間の短縮)
育児休業の届出により終了と認められるには、客観的事実の変更があったことが必要であり、単に本人の主観的意思のみでは十分でない。また、任命権者の都合により一方的に終了させることはない。
[7] 休業期間中の傷病
職員が休業期間中傷病により1ヵ月以上の入院または加療のため養育できなくなったときは、休業法第5条第2項にいう「養育しなくなった場合」に含まれるものとする。(略)
[8] 休暇 
休業期周中の休暇は、育児体業法の性格上認められない。
休業期間終了後の年次有給休暇の取り扱いは、休職と同様繰越しを認める。
[9] 原職復帰
育児休業法第7条の趣旨に沿って原所属に復帰させることを原則とする。
[10] 代替要員の確保
代替要員の確保については、時期、職種、または社会的情勢などによっては困難を伴う場合も考えられるが、法の趣旨にしたがって努力する。
[11] 代替要員の取り扱い
代替要員については、臨時的任用職員で措置する。臨時的任用職員の取り扱いは引き続き研究する。(協議事項)
[12] 扶養手当の認定 
支給条件に適合すれば、所要の手続により認定する。
[13] 保育所行政の指導と援助
関係機関と話し合いをする。
[14] 期末手当

期末手当の支給がされない場合の在職期間の取り扱いは今後研究する。(協議事項)」 
 こうしてひきつづき協議するものもあるが、()給付については、互助会掛金も当局負担とさせた。()法律上疑義のある「原職復帰」「特別の事情」など明記されていない点についても確認させた。()職種についても一定の拡大をすることができた点で、実施段階で発生する諸問題については「その都度、府労連と協議する」ことで制度化をみた。

さらに大阪府における育児休業法の対象職種は看護婦、助産婦、保健婦、保母、児童指導員、教護、教母、生活指導員、社会福祉、職業指導員、心理、視能訓練士、職能訓練士、作業療法士、言語療法士、理学療法士、職業指導員、介護人、ケースワーカー、歯科衛生士(保健婦はすべての保健所の保健婦、看護婦には准看護婦が含まれる。心理、ケースワーカー、社会福祉、歯科衛生士は病院、社会福祉施設のみ。また病院の附属高等看護学院は対象職場となる)である。

このように、「育児休業法」よりも部分的前進を勝ちとり、ひきつづきたたかいを進めることとなった。
制度発足後、府職労婦人組合員4024名対象職員約2000名、該当者約100名中6月1日現在制度を利用しているものは2名である。

<3> 衛星都市でのたたかい

 大阪においては、その後、大教組での「児童、生徒との関係から職員が復職しても一定期間代替者を勤務させておく」ことの前進面とともに、衛星都市においては、池田、吹田、高槻、箕面、豊中、東大阪、寝屋川、摂津、和泉、貝塚で全職種の適用を実施、約束させている。大阪府下には、政令都市である大阪市をはじめ44の市町村があり、「育児休業法」成立前に育児休暇を制度化していたのは池田市のみであった。

自治省が2月24日付で各都道府県の人事課、地方課に送った文書「義務教育諸学校等・・・・・・の育児休業に関する法律の施行についての留意事項」では、「条例による措置」の項で「育児休業法は、特例的な法律に基づき新たな制度として創設されたものであり、その給与上の取り扱いに関する事項については国の例にならい・・・・・・『育児休業に係る給与等に関する条例(参考案)』を参照のこと」となっている。

今日まで、府下のとりわけ衛星都市においては、一部の市を除いて婦人の諸権利は多くの面で全国的水準を大きく上まわっている(たとえば産休は東大阪の120日を最高にほとんどが16週)。

しかし今回の「育児休業法」の条例化をめぐっては、国、自治体の対応と、「育児休業法」の性格もからまって、いくつかの問題に直面した。

[1] 単独条例でいくのか、現行条例の一部改正でいくのか。
「育児休業法」は、先にもふれたとおり、この法律は国家公務員と地方公務員とを対象にしており、「育児休業法」施行によるストレートに制度を発足させた自治体や、自治省の「条例参考案」そのままを組合に提示をしてきた自治体、現行の給与条例の改正を提起してきたところなどさまざまな形があらわれた。
[2] 都道府県とはちがう市町村の実態。
政令都市を除く市町村には、市町村立の保健所はなく(大阪では堺市のみ市立の保健所が2ヵ所ある)、病院や社会福祉施設についても自治体が経営をしているのは数が少ない(大阪では病院についていえば44市町村中19市町である)。
このことから「育児休業法」にもとづく自治体の制度化にあたって、対象職種については、職員の職種構成は、府県レベルとは大きなちがいがあり、逆に有利な条件をもっていた。
[3] 互助会、市町村共済、健康保健組合の掛金問題。
しかし、一方では共済掛金等の自己負担金の問題、さらには住宅貸付などの返済の問題などについては、自治体当局が処理権限をもたない事項もあり、日教組のように公立学校共済に対する統一したたたかいが自治労ではもたれることなく、このことも4月実施がほとんどの市町村で見送られた1つの要因にもなった。

【3】運動の教訓と今後の方向

以上のように大阪においては、「育児休業法」にもとづく自治体での制度化のなかでいくつかの成果をあげるとともに運動面においてもいくつかの教訓を引きだし、運動発展の基礎となった。

1.運動の経過を明らかにし「育児休暇制度」の考え方、位置づけについて組合員の到達点を一致させることを重視したこと。
先にもふれたが、「育児休暇制度」を婦人の 労働権確立にむけてのたたかいのなかでどのように位置づけるかの徹底した論議のなかで、大阪では自治労内部で「育児休業法」粉砕などの具体的運動はあらわれなかった。
それは、1972年に自治労大阪府本婦人部が明らかにした「視点と運動方向」や、自治労大阪府本婦人部が、1973年12月に開催した第4回定期総会において大阪保育運動連絡会と連携して運動することを決定しており、保育運動においても労働組合としての一定の方向を明らかにしていたことも大きく作用していたと考えられる。

2.「育児休業法」の性格と問題点を明らかにし、地方段階でのたたかいの目標を選定した。
「育児休業法」成立後、ただちに自治労府 本部婦人部、府職労婦人部で討議をすすめると同時に、討議資料を作成し、自治労の3原則の立場を堅持しながらも政府に対するたたかいの重要性を明らかにしてきた。そして自治労中央に対する意見の反映、国の動きを敏速にとらえるため他の労働組合との情報交換などのなかで自治体に対する要求の整理を行なった。

3.地方段階での共同闘争の重視。
中央レベルでの共同した運動が組み得なか ったなかで、大阪における府職労と大教組の共同闘争は大きな力となった。
  政府関係が厚生省、自治省、文部省とあり、それぞれの対応が地方にくると大阪府に集中してくるなかで、この共同闘争はあらゆる面で力を発揮した。
同時に、府人事委員にたいする府労連とし ての交渉も対象職種、互助会掛金、期間の問題で成果を引きだす大きな力となった。

4.婦人自らが運動の中心となった。
このことは、あたりまえのことではあるが、 婦人は、運動は積極的にはやるが制度の具体的ツメや法律問題については尻ごみをする傾向があったのではないか(運動はするが交渉は親まかせ)。
資料作成から交渉まで婦人が積極的にかか わっていった。かなりしんどい作業ではあったが勉強にもなり、今後の運動にもいい経験となった。
以上のように、運動のなかで婦人自らが考 え行動していくなかで多くの前進をみることとともに、大阪では6月27日開催される「みんなで保育を考える集会」(第8回全国保育合同研究集会にむけての取り組み)の実行委員会の参加団体に労働組合の参加が昨年より増えたこと、それに伴い分科会の内容が豊かになったこと(全体で20分科会)など、保育運動に労働組合が積極的な姿勢を示すなど育児要求に関する具体的運動の芽ばえがでてきている。

「育児休業法」実施のたたかいは、労働組合の要求闘争としては過去に経験しなかったものとしていくつかの教訓をうみだした。
この「育児休業法」を労働者にとってより よい育児休暇制度としていくためには、制度的要求にむけてのたたかいと展望、保育所運動との結合、育児要求の正しい位置づけなど労働組合として討議をすすめなければならない課題が数多くあると考える。

また、婦人労働者の要求前進をはかるうえ で、婦人労働者が1000万人を越えたといわれるなかで圧到的多数が未組織労働者であることや、労働基準法に規定されている最低基準すら守られていない職場が数多くあるなかで、全労働者の要求解決と結びつけたたたかいが必要となっている。

政府や大企業が婦人労働者に対する攻撃 (「合理化」や労基法の改悪)を強めてきているが、一方、政党においては、社会党の「労働基準法改正案」、日本共産党の「母性保護強化のために――日本共産党の立法提案」など労働基準法の基準引き上げをはじめとして働く婦人に対する基準引き上げの方向が提起されている。

私たち婦人労働者は、こうした動きに対応 して、要求前進にむけての幅広い統一闘争――統一戦線結成の力で前進することが重要である。

政府や自民党があらゆる点で、国民や労働者の分断をはかってきているとき、私たち婦人労働者こそねばり強い運動のなかで統一をかちとり共同闘争を発展させなければならないと考える。

国際婦人年の世界行動計画第1年の今年、働く婦人がさらに働きやすい条件を勝ちとっていくためにたたかいの経験を行動のなかで理論化し発展させていかなければならない。

最後に大阪というローカルのたたかいのな かで、中央レベルでのたたかいがいかに大きな影響力をもっているかということを痛切に感じた。

地方と中央との有機的なたたかいの結合が あらゆる分野で求められているのではないだろうか。

(自治労大阪府本部婦人部長、大阪府職労婦人部長)