1984年4月 婦人が燃えた「4・14」

33年間の発言と退出 - 1984年4月 婦人が燃えた「4・14」

1984年4月 婦人が燃えた「4・14」

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33年間の発言と退出
執筆 : 
webmaster 2011-4-15 19:40

1984年4月
婦人が燃えた「4・14」
日比谷野音(東京)、自治体労働者2500名

(統一労組懇自治体部会84年総会報告)

“労働基準法改悪反対、実効ある「男女雇用平等」の制定を求める四・一四中央総決起集会”に、全国から7,000名を越える婦人労働者が参加した。総評・自治労が「労基法改悪反対」を明確にしないなかで、労基法改悪反対と実効ある雇用平等法制定の2つの制度課題を明確にした、全国規模での大衆集会は、労働省の法案提出を間近にひかえたなかで画期的な集会となった。

母親大会規模の集会をと統一労組懇婦人連絡会が呼びかけたのが3月3日。約40日間でこの大集会を成功させた各地での様々なとりくみは“かつてない取り組みをかつてない規模で”をスローガンてすすめられた。

集会参加者は、統一戦線支持組合であれ、総評・自治労路線のなかでがんばっている婦人部や婦人労働者であれ、そのほとんどがカンパをとりくんでの参加。

50名目標で、250万円のカンパ、出発までに150万円を集め、あとはカンパの予約(非組合員含む)をして五一名が参加した北九市職労。集会会場で名物“ささかまぼこ”1,000個を売りさばき、当日までカンパ活動を追求して参加した仙台市職の婦人たち。第五回交流集会の準備のなかで運動が盛りあがり、一九名が参加し、ハンカチ、南部鉄器の販売、予約をすすめる岩手県本部。

 粟の販売で20名が参加した岡山の仲間たち(帰ってからも粟を売りつづけないとカンパ目標は達成しない)。3月15日の年度末手当と18日の給料日にいち早くカンパを呼びかけ、婦人組合員の一割以上が参加できるカンパを集めきった大阪市職浪速区役所支部。参加目標を大きく上まった衛都連。当初バス2台の予定を討議のなかで10台に変更、最終11台で参加した横浜市従と、県職の六台と合わせ17台で参加した神奈川。統一労組懇に加盟していないなかでも動員指令を発した都職労。こうして30都道府県から母親大会の2倍、3倍のとりくみで、さまざまなたたかいを通して参加した2,500名は全国の仲間との大きな連帯と、自らつくりあげてきた運動に確信を新たにしている。

労基法改悪反対、実効ある雇用平等法制定という要求の正しさ、婦人の切実な願いが7,000名を集めた力であり、総評・自治労運動では要求実現が困難であることを実証した。

また、既存のナショナルセンターの交渉にしか応じなかった、労働省の赤松良子婦人少年局長が7,000名の参加者を背景にした当日の交渉に出席したことは、力でせまることの重要性をも明らかにした。16、17日の両日、自治労が各県本部1〜2名の動員で行った中央行動での労働省交渉において労働省婦人少年課の岩田課長補佐がでてきたのとは対称的。

また、国会請願デモでは先頭の大阪府職労の隊列のゼッケンをはずせという警察の弾圧に屈せず、デモ行進を敢行したが、3・22の公務員共闘婦人行動(800名)がデモを請願時点でとりやめてしまったことにくらべ、これも対称的。

自治体労働者の運動は、政策的正しさとあわせ、組織的にも大きく発展し、200万自治労の建設というスローガンが空しく見えるような4・14の行動となった。

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