〜すじをまげずに 33年間の発言と退出〜より

33年間の発言と退出 - 〜すじをまげずに 33年間の発言と退出〜より

〜すじをまげずに 33年間の発言と退出〜より

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33年間の発言と退出
執筆 : 
webmaster 2011-4-1 12:20

当NakaiBlogでは、2006年7月7日に発行された「33年間の発言と退出 -1972年〜2005年 (非売品)」の内容すべてを掲載していきます。

中居多津子プロフィール

  • 1947年11月9日大阪市西成区に生まれる。
  • 大阪市天下茶屋小学校・中学校、工芸高校建築科を経て、大阪府企業局に勤務。
    1972年11月〜2005年9月まで府職労役員。
  • 2006年3月末日 大阪府を退職。
  • 2006年5月 大阪婦人労働者資料室を開設。

 


33年間の発言と退出 -1972年〜2005年

まえがき

人生の“宴会でいう中締め”は、50歳の時「50と25プラス5」の集いという形で行いました。

そのとき、今は亡き福井さんが「25年前、我が家でカアチャンと2人で説得して・・・・・・強引すぎたのかな・・・しかし貴女の25年の活動を見て安心しています。絶えず前向きで、そしてこれからは、じっくりと余裕をもって頑張ってください」と言っていただきました。

それから8年、定年より2年早い退職を決め、市民ネットワークの事務局長を引き受けた時、山田郁子さんからは「発言する場所が確保できるというのは大事なことだ」と言われました。

その言葉で思い出したのが、1998年、福井さん主宰のレボレストのセミナーで「女性のための団結と発言の経済学」と題するコリン・ボイルさん(オーストリア出身の当時帝塚山大学助教授)の話のなかに出てきた「発言と退出」という労働経済学の理論でした。その主旨は「与えられた労働条件に不満を持つ労働者達は、基本的に2つの選択肢を持っていると思われる。1つは退職―すなわち職場を“退出”し、どこか他の所でもっとよい仕事を探すことである。2つ目の選択肢は労働組合を組織し、団体交渉を行う―すなわち労働条件改善のため“発言”することである」として労働組合の役割、女性の労働組合への参加の歴史など興味深い内容でした。

労使関係だけでなく、どの分野においても「発言と退出」はつきまとうものです。この冊子に収めた「発言」の一方で、私も幾度かの「退出」を経験した33年間でした。

米田佐代子さんは歴史を「彼の物語 ―(history)」ではなく「herstory(彼女の物語)」にと提唱されています。

このような冊子は、大体において、本人の自己満足であって、作成過程に意味こそあれ、できあがった代物は他人様には、ほとんど価値が見出せないのが世間の相場と決まっています。「中居多津子の物語」として、思い出話のツマにでもしていただけたら幸いです。

2006年7月8日

中居  多津子  
 

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